第53回 ノーベル(その一) ダイナマイトで得た巨万の富が、世界的「賞」として贈与されるとき

十月九日、スウェーデン王立科学アカデミーは、フランスのストラスブール大学のマーティン・カープラス氏、イスラエル・ワイツマン科学研究所のマイケル・レビット氏、ハーバード大学研究員のアリー・ウォーシェル氏の三氏に、ノーベル化学賞を授与した。同賞の受賞者と目されていた、京大の諸熊奎治氏は受賞を逃した。

受賞した三氏は、理論化学の基礎を築いた事を認められたわけだが、諸熊氏は、実用化に導いたという功績がある。この辺り、かなり微妙だが、実用よりも発見を優位とすると、アカデミーは判断したのか。

いずれにしろ、ノーベル賞のプレステージは、極めて高いものだ。

一八九六年、アルフレッド・ノーベルが六十三歳で死去した際、二十日後に開封された遺書によると、親戚の遺産のとり分はなかった。

ノーベルは、物理学、化学、生理・医学と、文学と平和にたいする貢献を讃える賞を設けるよう遺言した。
ダイナマイトを発明し、巨万の富を築いたノーベルの寄託は、まさしく「爆弾」的な衝撃をもたらした。「賞」というポトラッチ的な贈与が、世界史を動かしたという事は、やはり興味深い一幕として記憶されるだろう。

十月十日には、ノーベル文学賞が発表された。欧米のブックメーカー(賭屋)では、村上春樹氏が有力視されていたが、カナダのアリス・マンロー氏が受賞した。カナダの作家の受賞ははじめて。
日本のメディアは、村上氏の受賞を確実視していたが、外れた。前回の文学賞は、中国の莫言氏が獲っているので、アジアから続いての受賞は困難と見るのが妥当だろう。

一方、理系の賞は、地域性などを勘案することはない。科学的に検証された事実に添って、評価が定まる。
文学賞や平和賞は、その辺りの匙加減については、かなり微妙なものがある、と云わざるを得ない。

日本で最初のノーベル文学賞受賞者は、川端康成だった。

川端は、おそらく、あらゆる文学賞受賞者のなかで一番奔放な―ヘミングウェイやフォークナー、クヌート・ハムスンといった面々と較べても、比較にならないほどの畏怖を払われるべき―作家であると云えるだろう。
何しろ、ノーベル賞の受賞が決まると、すぐに賞金をあてにして、ルノワールやドガ、速水御舟らの絵画、北宋の汝窯の磁器といった逸品を買いまくって足を出したというのだから。

逗子マリーナで自殺した時にも、遺言を残すわけでなく、岡本かの子全集の推薦文を途中まで書いて、そのまま万年筆のキャップを外したまま、ガス管を咥えて亡くなった。

名翻訳者を得られればノーベル文学賞は獲れる

この辺り、弟子である三島由紀夫とはかなり違う。