官々愕々 TPPと農協改革
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TPP交渉で「聖域」と言われたコメなどの5品目について、関税撤廃の交渉に入ることが確実となった。これまで政府は、あたかも重要5品目は完全に守るかのようなことを言ってきた。しかし、もともとそんな保障はどこにもないことは2月の日米首脳会談直後の本コラムでも指摘した通りだ。

これから始まるのは、農協と自民党農水族による補助金獲得作戦だ。まずは、「約束が違う」と騒ぐ。2月の段階では、総理の言葉をわざと純真に信じ込んだように装った。そして今になって驚いたフリをして、「騙したな。落とし前をつけろ」と息巻く。

ここで強力な威力を発揮するのが、TPPで農業生産が3兆円減少するという農水省の試算だ。TPP参加を正式表明した3月15日に発表されたのだが、その時、安倍総理は、「試算(の数字)については・・・・・・そういうことには絶対になりません」と述べた。「絶対に起こりえない数字」を何故出したのか。それは、農水族が予算要求をするときのベースとなる数字を提供したかったからだ。意味のない数字であるはずなのに、今ではNHKでも日経でも無批判に使っている。

毎年3兆円も損するのだから、それをどう補填するのかという話になり、じゃあ、予算を1兆つけるかという議論になるのである。農家の競争力をどうするのかという話ではないので、結局、無駄なハコモノや道路などにばらまかれることになるだろう。

安倍総理は、日本の農林水産品と食品の輸出を2020年までに2倍超に増やすと宣言した。そのため、政府は農産品のブランド力を強化すると言うがその道筋は不明だ。それどころか、農家のブランド化の努力を妨げる農協が存在することが大きな問題となっている。

10月3日の『報道ステーション』(テレビ朝日系)で放送されたケースが典型だ。無農薬、有機農法で高級トマトを作る北海道士別市のカリスマ農家の斉藤兄弟。約25年前に自己ブランドの名前をつけて売ろうとしたが、それは壮絶な戦いの歴史だった。

自己ブランドで出荷するためには、全て自助努力だ。農協の融資は受けられず、消費者金融から借金した。重いトマトを背負い、東京での飛び込み営業。クール宅急便がない当時、高額の輸送費を負担して赤字になった。自己ブランドのロゴを印刷した段ボール箱を調達することも難しかった。地域農協の仕事を切られることを恐れた段ボール屋が取引を嫌がったからだ。苦しくて何度も挫折しかかった。一緒にやっていた仲間は皆途中で諦めてしまったが、斉藤兄弟は諦めなかった。

農協では地域農協の段ボール箱に入れられて、卸の価格もキロ500円と安いが、今や斉藤さんのトマトは他の農家の5倍、キロ2500円で卸に納入する。

農協は、農家だけでなく、農産品を使った食品加工業のブランド化をも妨げている。和歌山県にある老舗の醤油醸造家が、その原料となる希少品種「秋田大豆」の中でも特に高品質のものを求めて、北海道上士幌の農家と直接契約しようとした。醤油のブランド力強化には必須だ。しかし、農協に気を遣う農家は高値を提示されても直接取引を断った。農協の行動は、農家だけでなく老舗醤油屋のブランド化の努力をも邪魔しているのだ。

斉藤兄弟は、今、地域の心あるカボチャ農家を支援し、「補助金なし」「高収益」の農業が育っている。「本来は、農協が果たすべき役割だ」と斉藤さんは言う。

日本の農業が生き残れるかどうかは、農協改革にかかっている。

『週刊現代』2013年10月26日号より

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福島第一原発の事故で原発の恐ろしさに目覚めた人、原子力ムラの企みと横暴に怒りを感じた人、そして「脱原発」を目指す多くの人に、真実を伝え、考える道筋を示し、そして希望を与える「魂のメッセージ」。