株式投資と写真撮影は似ている!? その肝は観察対象に対する深い洞察力

〔PHOTO〕iStock

みなさんカメラで写真は撮りますか?

では、株式投資はしていますか?

多くの方が目を白黒させるかもしれませんが、私は「写真撮影」と「株式投資」は似ていると思っています。

写真は真実を映しているのか?

「写真って『真を写す』と書くけど本当か?」

これは、愛読書であるホンマタカシさんの『たのしい写真』の冒頭に書かれている問いです。

私は、そもそも「写真」は「photograph」の誤訳だと思っています。「photo=光」、「graph=画」で、「光画」というべきシロモノではないか。「真を写す」という"意訳"が「写真」を息苦しくしているのではないかと。

私も趣味で写真を撮りますが、写真は「ころあぴた」を駆使して、「光の画」を創る作業だと認識しています。「ころあぴた」とは私が作った造語です。

こ=構図
ろ=露出
あ=アングル
ぴ=ピント
た=タイミング

写真を撮るときにこの5つを意識しながら、被写体を切り取っています。それらを考えるからこそとても楽しく、夢中になれます。

では、写真は「真実」を映しているのでしょうか?

風景を撮っても人物を撮っても、確かにそれはその被写体の何かをあらわしていると思いますが、たとえば人物写真で、何枚も同じ人の写真を撮っても、角度や光や微妙な顔の表情で同じ人とは思えない姿が映ります。まったく別人かと思うくらい、光の加減や角度にもよって意地悪にも映るし、優しくも映ります。

真実かというと、確かにそういう表情をして、それがレンズを通して像を結び、光の画を作ったという意味では真実だけれども、手練(てだれ)の写真家にかかれば、どのようにでも料理できると思います。

たとえば、あくどい政治家というイメージを読者に植え付けたいのであれば、インタビュー中にそのような表情をする瞬間をひたすら狙います。そして実際にネガティブな記事とともにあくどい表情をした政治家の写真を載せれば、それを「真実」として読者に刷り込むことができるわけです。

たとえば、富士山を映した写真には、優しい富士山も怖い富士山もハンサムな富士山もあります。それがある意味、写真の面白さです。被写体という「真実」に対してどのように光を縦横無尽に使うか、どう料理するか。被写体の「真実」にどれだけ迫れるかにこだわるカメラマンもいます。一方で被写体の「真実」への問いを捨て、写実的な真実にこだわるカメランもいます。撮影意図はそれこそ撮影する人によって千差万別だと思います。

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