大河ドラマ『八重の桜』に見る「教育は国家百年の計」という言葉の重み
『八重の桜』公式HPより

連続ドラマ小説『あまちゃん』(NHK)には3.11の被災者を応援する意味合いがあったが、大河ドラマ『八重の桜』(主演・綾瀬はるか)も福島の人たちを激励するために制作された。ともに公共放送の存在証明的なドラマだ。

結論的に『あまちゃん』は被災者のみならず数多くの視聴者の心を温めた。『八重の桜』にも見る人すべてに向けた様々なテーマとメッセージが込められている。その一つは「教育の重さ」だ。教育は国家百年の計とされながら、過去の大河では大きなテーマとなったことがない。

倫理観を重視した会津の教え

このドラマは八重たちが「什の掟」を教え込まれるところから始まったのはご存知の通り。什の掟は会津藩の根底にあった倫理観。各家庭や藩校・日新館で、子供たちに対して厳しく説かれた。

「虚言を言ふ事はなりませぬ」「卑怯な振舞をしてはなりませぬ」「弱い者いぢめをしてはなりませぬ」---。

什の掟を教え込まれることにより、会津藩士は気高い精神を持ったわけだが、それが官軍に対する徹底抗戦や白虎隊の決起につながり、数々の悲劇も生む。会津藩士は筋の通らない降参、あるいは日和見的な変節を恥じた。そして、大義のためなら命も惜しまなかった。

会津を滅ぼしたのは明治政府だが、新政府は会津の教育を高く評価する。そして、什の掟は近代日本における道徳教育の源流となり、やがて「修身」に形を変えてゆく。

修身には賛否両論がある。「とんでもない」と顔をしかめる人もいれば、「修身を失ったことが日本の落日の始まり」と嘆く人もいる。おそらく、悪評の方が多いだろう。修身は悪しき戦前教育の元凶とされ、戦後は教育現場から排除された。修身がトラウマとなり、道徳教育そのものが忌み嫌われた。半面、大国相手の日清戦争、日露戦争で勝利できたのは、修身の教えがあったからという見方もある。つまり、会津魂に端を発するとする玉砕精神だ。実際、命を惜しまぬ兵士たちがいたら、敵軍には嫌だろう。

戦後になり、奇跡の復興が成し遂げられた背景にも会津型の考え方があるとされる。もはや跡形もなくなりつつある「滅私奉公」という人生観だ。組織のためなら身を削ってでも働くのが正しいという考え。その良し悪しは別とし、会津の教えが日本の近代史・現代史に大きな影響を与えたことだけは間違いない。

明治政府が、いかに会津の教えに高評価を与えたのかは、賊軍の藩士たちを教育界の要職に登用したことでも分かる。国家老・山川家の長男である浩(玉山鉄二)は東京高等師範学校(現筑波大学)の校長に起用されたし、白虎隊士でもあった次男・健次郎(勝地涼)も東大総長に就任する。五女の捨松(水原希子)は大山巌(反町隆史)に嫁ぐが、津田英学塾(現津田塾女子大)の設立と発展に尽力した。

会津の教えが現代教育と決定的に違う点は、知識偏重ではなかったところだ。まず、倫理観を教え、なぜ学ぶか、どう生きるべきかを徹底的に教え込んだ。

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