学校・教育
AOや推薦合格者の卒業後所得は低いというデータも!国公立大入試の「人物評価重視」は正しいか?

政府の教育再生実行会議(座長、鎌田薫・早稲田大総長)が、国公立大入試の2次の学力試験を廃止し、面接など「人物評価」を重視することを検討していると伝えられている。

これについて、筆者のまわりの大学関係者では侃々諤々の議論があるが、圧倒的に批判が多い。その理由を今回は取り上げよう。

「言うは易く行うは難し」の人物評価

まず、教育再生実行会議のメンバーである。教育学の専門家がいない。前の教育再生会議でも指摘されていたが、教育関係者は若干いるが、専門家はいない。専門家とは、少なくとも文献を読んでいて、海外の事情などに詳しく、統計データで客観的に分析でき人たちだ。

教育は誰でも語れるため、下手をすると井戸端会議みたいになる。誰でも教育を受けた経験はあるので、そうしたややもすると偏った経験に基づき、一般論が飛躍した論理で語られることが多い。

一方、大学の教員は、研究と教育に従事している。人によって、両者のウエイトは異なるが、教育のウエイトの大きい人のほうが数は多いだろう。そうした人は一応教育関係者であり、教育学を専門としないものの、教育再生実行会議のメンバーになっても不思議でない。そういう人からみると、教育再生実行会議の議論が素人談義にみえるのだ。

下村博文文科相は「学力一辺倒の一発勝負、1点差勝負の試験を変えるときだ」といい、「知識偏重」を改めるべきだという。

「人物評価」を重視というのは、言うは易く行うは難しだ。大学では毎期ごとに学生の成績表をつけることはほとんど大学教員の仕事になっている。それに「人物評価」の観点を入れている例はほとんどないだろう。まあ、努力をしたから合格点は出すということはありえるが、「学力」以外のところをみたら、客観的に成績をつけることはまずできない。

学力を見るから、実際の成績は素点で100点満点中何点とつけられる。学生には、90点以上をA、80点以上90点未満をBなどとして評価を伝えているが、この素点で100点満点中何点という「1点差勝負の試験」は各大学で行われている。

下村文科相の選挙区は筆者の地元であり、学生時代から塾を経営し、今では「博文進学ゼミ」として板橋区内で展開する有力塾だ(http://www.hakubun-zemi.co.jp/index.htm)。そこで、学力をつけることで生徒に自信を持たせてきたはずだ。国公立大入試で「人物評価」になったら、どのような受験対策をするのだろうか。

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