国立競技場50年「私が選んだ伝説の名勝負」(サッカー/ラグビー/陸上)

瀬古の激走、カール・ルイスとパウエルの闘い―。来年、半世紀超の歴史に幕を閉じる聖地・国立競技場。日本人の記憶に残る名勝負の数々を各界の通7人が厳選する!

「この試合がなければ、今の日本サッカー界はありえなかった。国立の満員の観衆が、日本の背中を押していました」(サッカージャーナリスト・大住良之氏)

'67年10月7日に行われた日本対韓国戦(メキシコ五輪アジア予選)。この試合、日本は前半で2点リードしたものの、後半、韓国に2点を取られた。それを「日本史上最高のストライカー」釜本邦茂のゴールで3対2としたが、直後に韓国に追いつかれた。

「同点にされた後、韓国側のシュートがバシンとバーにあたって外れた時は肝を冷やしました。韓国の1点目を決めた李会沢選手がすばらしいミドルシュートを打ったんです。白いバーについた泥の色をよく覚えています」(大住氏)

その後も日本は守備で奮闘し、試合は引き分けとなった。

「日本代表は、得失点差で翌年の五輪に行けることになり、五輪では銅メダルを獲得。それが日本サッカーの『精神的拠り所』となりました。

日本代表は、釜本など主力選手が抜けたあと、弱体化しますが、メキシコ五輪での経験があったからこそ、'85年のメキシコW杯予選での復活(初の一次予選通過)までなんとか耐えることができたのです」(同前)

Jリーグが始まる'93年まで、ラグビー早明戦は国立競技場を満席にできる唯一のカードだった。

元NHKスポーツ報道センター長でスポーツプロデューサーの杉山茂氏は、'90年12月2日の関東大学ラグビー対抗戦と翌'91年1月6日の全国大学ラグビー選手権での早明戦を選んだ。

「この2試合はワンセットで一つの名勝負です。2試合を観れば、早稲田大と明治大が、お互いを因縁の相手、宿敵として認め合っているわけが分かります」(杉山氏)