佐藤優の読書ノート『超訳小説日米戦争』

佐藤優直伝「インテリジェンスの教室」vol022 読書ノートより
超訳 小説日米戦争
税込価格:1,680円
発売日:2013/9/26
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佐藤優『超訳小説日米戦争』K&Kプレス2013年

1920(大正9)年に上梓されベストセラーになった樋口麗陽『小説日米戦争未来記』(大明堂)を現代語に超訳した。その意図は以下の通りである。

<反知性主義は単純な二分法を好む。知的労力を省けるからだ。すると、アメリカに対する態度は、反米でなければ親米、親米でなければ反米ということになる。

歴史的に考えると、これはあながち根拠がなかったわけではない。冷戦時代、世界が東西(共産主義と資本主義)というたった二つの原理に分断されていた頃は、たしかに反米=親ソか親米=反ソのいずれかに分類が可能だった。とくに、自国の国益と生存、國體の護持を最優先とする保守陣営においては、共産主義は皇統の断絶をもたらす可能性が非常に高いため、必然的に親米保守という立場をとることになった。

しかし、冷戦構造が崩壊した後、親米という立場を保持する理由はなくなったはずだ。冷戦というくびきを脱したからには、本来の日本のための保守、いわば「親日保守」となるのが当然だったはずだ。

しかし実際には、冷戦下の親米保守は、やむをえず親米の立場をとるという態度が変質し、硬直したイデオロギーと化してしまっていた。この原因は知的怠慢と、冷戦下の駆け引きで飛び交った個別利権が考えられるが、その研究についてはまた別の機会を持ちたい。
いずれにせよ、イデオロギーと化した親米保守に対して反動が生じる。反米保守である。だがこれも親米に対する裏返しであり、やはりイデオロギーにすぎない。
結局、親米と反米とは単なるイデオロギーの闘争に過ぎず、「親日保守」という視点には決して至らない。

現下の日本では、反知性主義という土壌の上に反米というイデオロギーが育ちつつあるというのが私の問題意識だ。

そして、イデオロギー的に反米の熱狂に流されればどのような危険にわが日本を晒すことになるか、それが樋口麗陽の小説を復活させた理由である。

もう一度思い出してみよう。樋口の小説では、開戦と同時に在米日本人30万人が拘束され、新兵器の実験台にされようとしたのだ。樋口はアメリカ人の冷酷な残虐性、その怖さを非常によく理解していた。敵がどれほど恐ろしいか、よく理解もしないで反米という危険な火遊びをすれば、日本全体が火だるまになることを警告していたのである。

イデオロギーに駆られて、軽い遊びの気持ちで反米を煽るのは、危険極まりないことだ。次の戦争に負ければ、今度こそわが國體は完膚なきまでに破壊される可能性が非常に高いのだ。

では、やはり親米が良いのだろうか。長いものには巻かれておけというのが正解なのだろうか。

そうではなく、今はアメリカのゆるやかなくびきの下で苦汁(それほど苦くはないが)をなめさせられはするものの、必ずわが國體を守りぬくという「親日保守」の思想を確立することが大事なのだ。>(275~277頁)

読みやすい本なので、是非手にとってほしい。

このテーマについて深く知るための「連読」3冊
・佐藤優 『日米開戦の真実――大川周明著「米英東亜侵略史」を読み解く』 小学館文庫 2011年
・廣松渉『<近代の超克>論』講談社学術文庫 1989年
・鶴見祐輔『膨脹の日本:新英雄論』大日本雄辯會講談社 1935年
【佐藤優直伝「インテリジェンスの教室」vol022 目次】
―第1部― インテリジェンスレポート
 ■分析メモ No.51 「北方領土ビザなし交流をめぐるロシア外務省情報出版局コメント」
 ■分析メモ No.52 「シリア・アサド政権の外交攻勢」
―第2部― 読書ノート
 ■読書ノート No.66『知らないと恥をかく世界の大問題4 日本が対峙する大国の思惑』
 ■読書ノート No.67 『超訳小説日米戦争』
 ■読書ノート No.68 『基礎経済学大系2マルクス経済学』
―第3部― 質疑応答
―第4部― 文化放送「くにまるジャパン」発言録
―第5部― 今後のラジオ出演、講演会などの日程