日本の底力

余震の中で新聞を作る Vol.11 風評に立ち向かう(2)

河北新報編集委員が記録する「被災地のジャーナリズム」

2011年05月05日(木)
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八沢浦干拓地

vol.10はこちらをご覧ください。

写真・文/寺島英弥 (河北新報編集委員)

19回目 ~相馬・南相馬へ/風評に立ち向かう(2)

 南相馬市鹿島区北屋形の農業小野田等さん(58)を再訪したのは、4月30日でした。八沢浦干拓地を見下ろす自宅裏には、山桜が咲いています。

ひと月前には津波の潮水を満々と残し、昔の浦の姿に戻っていた干拓地は、元の田んぼの土が現れ、自衛隊員たちがおびただしい足跡を刻みながら捜索活動を行っていました。

「ポンプを20~30台もフル稼働させて、やっと排水できたんだ」と小野田さん。まだ広い水たまりも見えましたが、3月11日の地震で地盤が下がったところに、前日の雨水がたまったとのこと。

 「元に戻すには、ダンプで何百台分の土を入れたらいいのか」。排水路網の復旧、塩分の除去を含め、耕土の復旧にはどれほどの時間と労力を要することでしょう。津波で家や農業機械、1年の生産基盤も流された農家が、それを待つ余力があるかどうか。

 ログハウス造りの自宅にお邪魔し、話を伺っていると、玄関に来客がありました。顔は見えませんでしたが、女性のようです。

 しばらく立ち話をしていた妻ひろ子さん(57)が、何か白いものを抱えて戻ってきました。1リットルのペットボトルに入った牛乳。鹿島の山沿いの地域で酪農を営む、親しい農家からの差し入れでした。

福島第1原発事故の影響で、30キロ圏外の鹿島区も含めた南相馬市にも政府の原乳出荷停止の指示が出されていました。

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