読書人の雑誌『本』
『アメリカ・メディア・ウォーズ』著:大治朋子
ジャーナリズムの存在意義

二〇〇六年一〇月、私は米国のワシントンに特派員として赴任した。米国が金融危機、いわゆるリーマン・ショックに襲われたのはその約二年後、二〇〇八年秋のことだった。米メディアの経営は大きく傾き、倒産したり、大幅な人員整理や経営規模の縮小に踏み切る動きが目立つようになった。老舗の新聞社が新聞発行を断念してオンライン専門のニュースサイトへと転換したり、地方紙がコスト削減のため、ライバルの他紙との記事共有化を始めたりもした。

調査報道専門のNPOメディアが次々と既存メディアを圧倒するような特ダネを放ち、米報道界の最高の栄誉、ピュリツァー賞を受賞したかと思えば、ニューヨーク・タイムズ紙がそうした記事を一面トップで掲載する---。とにかく日本では考えられないようなダイナミックな動きを日々目の当たりにするうちに、「これは日本の近未来かもしれない。リアルタイムで伝えたい」と思うようになった。

私は米メディアの記者らに取材し、その動きを追うようになった。米メディア界は一九九〇年代から始まったインターネットの拡大という変革の波に加え、金融危機という、予想外の超大型ハリケーンに見舞われていた。多くのジャーナリストたちは暗雲の立ち籠める未来に不安を隠さなかったが、一方で、地図のない旅をどこか楽しむかのように、メディア再編の波をダイナミックに泳ぐ記者もいた。

私は赴任から三年余りが経った二〇〇九年秋、毎日新聞のメディア面で長期連載「ネット時代のメディア・ウォーズ米国最前線からの報告」を始めた。将来日本メディアが遭遇するかもしれない難問に直面した米国のジャーナリストたちが、時に失敗しながら、いかに課題を克服していくのか、その姿を最前線で記録し、連載記事にまとめた。

翌二〇一〇年秋、私は四年ぶりに日本に帰国した。日本でもインターネットの拡充と景気の悪化で、大手新聞社がウェブ上の記事閲覧の有料化や、動画などを取り入れたサイトの構築に試行錯誤していた。ただ、米国に比べて日本の新聞社はその規模が大きいせいか、新たな試みや再編には慎重で、良くも悪くも米国に比べて変化の規模やスピードは緩慢で、米国ほどのスケールの変化は起きていないのだということもわかった。

一方で、日本のメディア界もいずれはさらなるスリム化を迫られ、今までのような安定走行が不可能になり、米国ほどではないにせよ、時にはアクロバット的な飛躍や変革を求められる時代が来るのではないか、とも感じた。

その思いは、二〇一一年一〇月、ウクライナのキエフで開催された「国際調査報道会議」に参加して、さらに強まった。各国の調査報道を担当する記者らがその現状や課題を話し合う会議で、世界八九ヵ国から五三七人が出席した。私も米NPOメディアの推薦で招かれ、日本の調査報道の現状や原発報道などについて講演したが、会議で特に注目を集めたのは、データを集積・分析するマルチメディア時代ならではの調査報道のあり方だった。

 
◆内容紹介
このアマゾンのCEO、ジェフ・ベゾス氏に買収されたことは、大きな驚きをもって全世界に伝えられた。だが、アメリカのメディア界では近年、とくに2008年のリーマン・ショック以降、このニュースに象徴されるような激変が起こり続けている。調査報道専門のNPOメディア・プロパブリカが、米報道界最高の名誉であるピュリツァー賞受賞するなど、NPOメディアの台頭、大学との連携。そして報道のやり方の変化。そんな激動のアメリカ・メディアの世界を、ボーン・上田賞受賞記者が丹念な取材から浮き彫りにする。