『桃源郷―中国の楽園思想』著:川合康三
南の島の涼み台

台湾はまわりにいくつかの島をかかえている。西に位置するのが最大の島、澎湖(ほうこ)。次に大きいのが南東に浮かぶ蘭嶼(らんしよ)。澎湖と蘭嶼は方角が反対なだけでなく、さまざまな点で対比的だ。

島の最高地点が五〇メートルそこそこという澎湖には高い樹木もなく、お盆を伏せたように平たい。それに対して蘭嶼は海岸からいきなり断崖がそそりたつ。まるで巨大な岩山が海中から突き出したように。澎湖には台北から何便も飛行機が出ていて、島の様子も離島といった感じがしないが、蘭嶼の方は昔の暮らしがかなりのこっている。

蘭嶼に行くにはまず飛行機か汽車で台東に行かねばならない。台北を早朝六時半に発った特急列車「自強号」は六時間をかけて台東に着いた。駅から飛行場に移動して切符を買おうとすると、ウェイティング・リストに名前を書けという。ウェイティングは中国語で「候補(ホウプ)」というと知った。

あてにならない希望(ホウプ)を抱いて空しく待つ。出発二〇分前になると、何枚か黄色いカードを手にした係員があらわれ、リストを読み上げる。往きは意外に早くイエローカードを獲得できた。

乗り込んだ飛行機は一九人乗りのプロペラ機。高度が低いので下がよく見える。碧い海のなかに漂うかのような緑の固まりが蘭嶼だった。

レンタルバイクで島をまわる。山が海になだれ込む、山と海の接点にかろうじて道路が削られている。一周四〇キロ。山も海も奇岩だらけだ。誰の目にも龍のシルエットとしか見えない「龍頭岩」。名を聞けば女の姿に見えてくる「玉女岩」。アメリカ軍が日本の軍艦と見間違えて砲撃したという「軍艦岩」。造物主が戯れにこしらえた精巧な細工が続く。

台湾には一四を数える先住民族がいるという。一七世紀にスペイン、オランダが一時侵入したあと、中国から漢民族、客家(ハッカ)が移住。一九世紀終わりから五〇年は日本が統治。そのあと、国民党の支配に移る。今でこそ先住民族には保護政策が取られているが、複層的な民族構成のなかで最も辛酸を強いられたのは、基底にあった人々にちがいない。そして蘭嶼はタオ族(=ヤミ族)の島である。ヤミ族というのは初期に調査を行った鳥居龍蔵の命名で、雅美族というきれいな漢字が当てられている。

海沿いにはいくつかの集落が点在する。椰油(やゆ)村、漁人(ぎょじん)部落、紅頭(こうとう)村・・・・・・。島の東側、野銀(やぎん)村にはヤミ族の伝統的な半地下式の住居がのこっている。台風を避けるためだろう、地表と同じ高さに黒い屋根がある。別の地に見本として作られた家に入ってみたら、内部は暗くて狭いけれど、大地にくるまれたような安心感があった。

 
◆内容紹介
仙人になって不老長生を得たいという願い。世俗を離れ思うがままに暮らしたいという隠逸への憧れ。古代の理想郷=華胥氏の国―。中国最古の詩集『詩経』にあらわれた「楽土」から陶淵明の「桃花源記」まで、中国の精神文化を考えるうえで欠かせない「楽園」の思想を読み解く。