読書人の雑誌『本』
『七世竹本住大夫 限りなき藝の道』著:高遠弘美
名人たる理由

文楽人形浄瑠璃を見聞きしたことのない方でも、昨年七月、大阪市による補助金カット問題で文楽界に激震が走ったとき、現在の文楽で最高の地位にある義太夫語りの人間国宝、七世(しちせい)竹本住大夫(すみたくゆう)(以下、すべての人名の敬称略)が脳梗塞で倒れ、緊急入院したことは新聞やテレビで報道されたからおそらくご存じではないかと思う。

去年の四月から私は、当初は一年間だったのが、途中で延長が認められて、来年三月までの二年間の予定でパリで研究生活を続けている。

出発前の昨年二月に、住大夫と三味線の五世野澤錦糸に、結果として二段組八十ページになった単独インタビューをしたのだが、フランスの小説家マルセル・プルーストの長篇小説『失われた時を求めて』の個人全訳の仕事を続けながら、文楽関係の資料を読み込んでいるさなかに飛び込んできた住大夫入院の報だった。

しばらくは絶対安静、面会謝絶とのことで、私としては住大夫の弟子の竹本文字久大夫(もじひさだゆう)からのメールを通じて、かろうじて住大夫の病状を推測するのみ。在外研究中は基本的に帰国が許されていないので、パリで恢復を祈りながら、仕事を進めるほかない。プルースト第三巻の翻訳は終えたものの、本書『七世竹本住大夫限りなき藝の道』のほうは、何よりも住大夫の病状が気にかかって、筆が滞りがちになった。

何しろ住大夫は一九二四(大正十三)年十月の生まれで、脳梗塞で緊急入院したときは満で八十七歳。無事に退院しても、再び舞台に復帰できるかどうか。私だけでなくファンはみな固唾を吞んで、ただひたすら退院の報を待っていたはずである。長く苦しい夏だった。

十月一日、文字久大夫からメールが届いた。その日、住大夫が退院したという連絡である。昼間はリハビリをしているが、夕方なら電話をかけても大丈夫とも書いてあった。年甲斐もないと笑われそうだが、私はその吉報に接し、パリで涙を流した。もちろん、嬉し涙である。この日をどれだけ待っていたことだろう。すぐにでも電話をかけたいという気持ちを抑え、十日ほど経ってから国際電話をかけて退院後初めて住大夫の元気な声を聞いた。目頭が熱くなった。元気になったということだけでなく、舞台復帰も見えたと思った。

十一月の半ば頃、文字久大夫から再びメールが来た。そこには「一月の文楽大阪正月公演に三番叟の翁で復帰」と書かれていた。

 
◆内容紹介
三百有余年の文楽史上、最高齢の大夫の至芸とは? 「好きだからこそ、いつも一生懸命なんですわ」「まだ足りん、もう一回、人生がほしい」「基本に忠実に素直にやればいいのです」。十年以上、各地での住大夫の公演を「おっかけ」続ける仏文学者が、不世出の名人が辿りついた至高の境地に肉迫する。住大夫と三味線の野澤錦糸のインタビュー、年譜、著書・CD・DVDリストも収録。文楽の見どころ聴きどころも丁寧に解説。