「拡張する現実」のビジネスモデル 「AR三兄弟」の川田十夢、「情熱大陸」出演前夜

2013年09月28日(土) 寺田 悠馬
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「これも、ARなんですよ」

川田氏は楽しそうに言うと、ふと思いついたように付け加えた。

「あ、画面をタップすると、このTシャツが買えるようにもできますね」

川田氏は何気なしに言ったが、このプログラムが実用化されれば、チラシの紙面上で買い物を済ませることが可能になる。つまり、広告はそのまま店舗となり、一枚の紙は、たちまち不動産としての価値を持つようになるのだ。

無論、イーコマースが浸透した今、店舗に足を運ばずして、すでに多くの商品が購入できる。だがイーコマースが抱える課題として、インターネット空間が無限であるため、特定のTシャツを販売しているページに人々を集客するのが至難の業である。すでにそのTシャツが欲しいと決めている消費者はサイトを見つけ出してくれるが、とくに意識をしていない潜在顧客が、ネット上で偶然Tシャツを発見し、購入する可能性は極めて低い。

だが紙のチラシという、一方で古典的であり、しかし現実の世界にしっかり根付いた場所に情報を配置するARを使えば、なにげなしに新聞を眺めている人々に、その場でTシャツを売ることができる。有限な場所を確保して情報を目立たせるという現実世界の文脈と、ワン・クリックで買い物ができるというイーコマースの利便性を見事に両立させる経済圏が、ARによって実現されるのではないだろうか。

川田氏は、誰に頼まれるでもなく、ただ自身の発想力に任せて、そして「面白さ」を追求して、こうしたプログラムを日々作り続けている。だが氏の創造物のごく一端を垣間見るだけで、そこには、メディア、流通、コンテンツ、広告、不動産など、既存の産業構造を覆すような「すごい」アイディアが無数に敷き詰められているのだ。

創造した未来を現実のものとする仕事

川田氏は以前、あるインタビューで、「もし50年前に生まれていたらSF作家になっていた」と答えている。頭の中で想像した未来を、空想の世界として書き綴るSF作家の道を、しかし川田氏は選ばなかった。なぜなら、せっかく今の時代に生まれたのだから、SF小説ではなく、想像した未来を現実のものとする、プログラムを書かなければならないと、氏は言うのだ。

未来をただ夢見るのではなく、その未来を少しずつ、現在へと手繰り寄せる仕事。これに従事する川田氏の肩書きを、的確に表す言葉を我々はまだ知らない。

だがおそらくその仕事は、果てしない可能性を秘めた氏の作品が、強固なビジネスとして昇華して初めて、完結するのではなかろうか。なぜなら川田氏が、既存の産業構造に変革をもたらし、新しい市場を生み出した時、それは氏が見据えていた未来が、ついに現実社会に広く浸透したことを意味するからだ。

こうして社会が川田氏に追いついた時、我々は、氏の本当の肩書きを知ることになるだろう。いやもしくは、その頃にはすでに、川田氏はさらに一歩先の未来を想像し始めているのかもしれない。

そしてそれは、とてつもなく「面白い」未来に違いないのだ。

 

寺田悠馬 (てらだ・ゆうま)
1982年東京生まれ。16歳で渡米、コロンビア大学卒。在学中は西洋美術史と国際関係論を専攻、一方で演劇に魅せられ、オフ・ブロードウェイで舞台照明を担う。ゴールドマン・サックス証券株式会社にて不動産及び不良債権の自己勘定投資に従事。グローバル株式投資を手がけるヘッジファンドに転身し、ロンドン及び香港に勤務。著書に『東京ユートピア 日本人の孤独な楽園』(2012年)がある。

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