エンタメ
「拡張する現実」のビジネスモデル
「AR三兄弟」の川田十夢、「情熱大陸」出演前夜

その人物の本当の肩書きを、我々はまだ知らない。

今月29日に放映される密着ドキュメンタリー『情熱大陸』に登場する川田十夢氏は、番組の予告編で、「開発者」として紹介されている。ぴたりとくる肩書きがないなか、苦肉の策として充てられた言葉だろう。

日本コカ・コーラ社の「自販機AR」や、著名ロックバンドBUMP OF CHICKENの「BOC-AR」など、人々を魅了してやまないアプリの数々を手がける開発ユニット、「AR三兄弟」を率いる川田氏は、確かに「開発者」に違いない。だが実際に氏と時間をともにすると、川田氏の存在は、「開発者」という言葉の狭い定義を遥か超越するように思えてしまう。

その一方で、氏をより的確に表現するうまい言葉が見つからないのは、川田氏が、社会が未だその定義を知らない世界で、活動していることを意味するのだろう。

川田氏と初めてお会いした日、彼は私に、一つの段ボール箱を見せてくれた。

それはインターネットで買い物をするとよく郵送されてくる、小包程度の大きさの、どこにでもある段ボール箱だった。だが川田氏がこれにスマートフォンをかざすと、その何の変哲もない段ボールの上で、急にアイドルグループが歌い踊り始めたのだ。

いや正確には、川田氏がかざしたスマートフォンのカメラ機能が段ボールの画像を認識し、これが引き金となって端末上のアプリがアイドルグループの3D動画を再生したため、液晶画面越しに覗くと、彼女たちが段ボールの上で踊っているように見えたのだ。

さらに川田氏がスマートフォンを動かすと、段ボール箱の上で繰り広げられるパフォーマンスを、あらゆる角度から追うことができた。背景の画像と再生動画が精巧に組み合わされているため、ごくありふれた段ボール箱の表面が、たちまちコンサート会場に一変したのだった。

「これ、僕がARっていう技術を使って作った作品なんです」

川田氏は、楽しそうに微笑んで私の反応を窺った。

その人懐っこい笑みからは、自分に見えている未来の姿を、何とか私にも見せてくれようとしている様子が窺えた。自身の技術力に絶対的なプライドを持ちつつも、不思議なほどに高慢さを感じさせない風貌。その川田氏の笑みにはむしろ、自分の感性をなかなか他人と共有できないもどかしさ、そして孤独さえもが宿っているように思えた。

「これは、すごいですね!」

私が驚くと、しかし川田氏の笑顔が、一瞬曇った。

「僕、本当は『すごい』って言われるより、『面白い』って言われたいんですよね」

これが、私の川田氏との出会いだった。

「未来のテレビ放送をお見せします」

後に知ったことだが、川田氏が使うAR("Augmented Reality"の略称)、もしくは日本語で「拡張現実」と呼ばれる技術は、じつは他にも多くの技術者に使用されているものであり、近年のスマートフォンの普及とともに、すでにあらゆる広告や催し物に組み込まれている。

それにもかかわらず、大手企業や著名アーティストたちが揃って川田氏のAR技術を求め、『情熱大陸』が氏の人物像に迫ろうとするのは、まさに川田氏の作品が、群を抜いて「面白い」からに他ならない。

川田氏は作品を手掛けるだけでなく、これを公に披露するパフォーマンスにも抜け目がないが、その独特のセンスもまた、つねに人の笑いを誘う。『情熱大陸』の番組告知のために開催された記者会見の場にも、川田氏は、黄色い角メットに白衣姿という「AR三兄弟」のユニフォームを、大真面目に着込んで登場したのだ。

29日放送の『情熱大陸』は、通常のように川田氏の活動に密着するだけではなく、氏の技術を駆使したさまざまな試みが、番組自体に組み込まれるという。記者会見ではその一つ、「多視点放送」と呼ばれる仕組みが披露された。

それは番組の終盤に、まずはテレビ画面が16分割され、それぞれの枠に、AKB48の個々のメンバーが歌って踊る姿が映し出されるところから始まる。16台のカメラがそれぞれのアングルからAKB48のライブを撮影した映像であり、これらを同時に再生することによって、まずは視聴者に、ライブの様子を複数の視点から見せる。

そして放映当日、視聴者がスマートフォンをテレビにかざせば、分割されたテレビ画面の中から見たいメンバーの映像だけを選択し、これを携帯端末上に取り出して、手元で楽しむことができるのだという。さらに、どのメンバーが何人の視聴者に選択されているかのデータが放映中に自動集計され、番組に生でフィードバックされることにより、最も多く選択されているメンバーの画像が、テレビに最も大きく表示されるなどの仕掛けが計画されているというのだ。

今回の放送のために用意されたプレスリリースは、高らかにこう唱う---「未来のテレビ放送をお見せします」。川田氏が設計したシステムはその直感的な「面白さ」で、AKB48のファンのみならず、多くの視聴者を楽しませることだろう。

だが川田氏の作品を目の当たりにすると、やはり私は、「面白い」以上に、「すごい」と思ってしまう。なぜなら氏が作り出すARは、あらゆる産業のビジネスモデルに、構造的な変革をもたらす可能性を秘めているように思えてならないからだ。

この続きは、プレミアム会員になるとご覧いただけます。
現代ビジネスプレミアム会員になれば、
過去の記事がすべて読み放題!
無料1ヶ月お試しキャンペーン実施中
すでに会員の方はこちら