特集 もっと語ろう東京五輪 五輪招致の立て役者 水野正人(ミズノ前社長)「華麗なる一族」100年前から五輪とともに
9月17日に行われた祝賀会。右から正人氏、下村文科相、竹田JOC会長、猪瀬知事、フェンシングの太田〔PHOTO〕本多治季

招致委員会副理事長として東京五輪開催を勝ち取った水野正人氏(70)が、よく口にする言葉がある。「俺は子供の頃から恵まれていた。祖父や父を間近で見て、経営と(スポーツを通じて平和に貢献する)オリンピック精神を学べた」と。

 正人氏が3代目社長を務めたスポーツ用品メーカー『ミズノ』と、五輪の関係は深い。1924年のパリ五輪で、日本選手団にウェアや用具を納入したのが始まり。初代・利八の時に'64年の東京五輪、2代目・健次郎の時には'72年の札幌五輪の公式スポンサーになった。

  '88年に社長に就任した正人氏は100近い国々に商品を輸出し、海外の競技団体幹部などスポーツ関係者とは家族ぐるみの交流をしている。資金のない国には無償で用具を提供するなど、「マサト」の愛称で呼ばれ親しまれているのだ。だが華やかな人脈は国外だけではない。

「日清食品の安藤宏基さんや、長崎屋の岩田文明さん、麻生セメントの麻生泰さんら、各企業のトップと親密にしています。『ワニ・ヘビ・カエルの会』という会を作り、若い頃はよく趣味のゴルフをしていました。明るい方ですが腰が低いので、すぐに周囲に溶け込める。奥さんは、1910年に設立された風間建設(山梨県)のご令嬢です」(正人氏の知人)

  '02年11月に開かれた、長男・英人氏(40)と元フジテレビの吉田恵アナの結婚式の出席者も錚々たる顔ぶれだったと、前出の知人が続ける。