『半沢直樹』『あまちゃん』最終回記念!?
人は物語のどこに"ハマる"のか?

先週、電車の中で見かけた週刊誌の中吊り広告には、あちこちで『あまちゃん』『半沢直樹』という2つの大人気ドラマの最終回に向けた賛辞と惜別の見出しが躍っていました。"日本中が"というと大袈裟かもしれませんが、世代を超えて多くの方が、2つのドラマのいずれかに、あるいは両方に"ハマった"のは事実でしょう。

わが家でも、小学6年生の次男を中心に、この2つのドラマを欠かさず見ておりました。大きなお世話だと思うのですが、次男曰く「半沢の後のキムタクは大変だよね~」。

ちなみに、私も先週、アドテック東京(東京国際フォーラム)というイベントのセミナーで「マーケティング×ストーリーテリング」という真面目なお話をさせていただいたのですが、その際に『半沢直樹』を題材にしました。この記事を含め、しっかり便乗させてもらっているわけです。

ただ、せっかくなので、少しだけ真面目な話を。この2つのドラマを題材に、物語の構造と、人が物語に"ハマる"とはどういうことなのかについて考えてみましょう。

物語を彩る舞台仕込みの「見得」と「台詞回し」

物語の構造論から考えると、ストーリーテリングは「ストーリー=筋」と「テリング=描写」から成ります。

"ストーリー"とは、起承転結でも、三幕物でも、つまりは、何がどうしてどうなったという話の展開を指します。一方、"テリング(描写)"は、それがどんなお話なのか。喜劇なのか、悲劇なのか、物語の語り口や演出です。

「ストーリー=筋」とは事の運び方です。スリリングな展開やドラマチックな展開など、お話の転がり方の問題です。この"筋"の善し悪しを考える上で、わかりやすい事例は、落語でしょう。話芸のプロである噺家がおしゃべりするという前提で、作品=筋なわけです。これをテレビ版に焼き直したのが、『人志松本のすべらない話』(フジテレビ)で、"すべらない"筋の良さを競っているわけです。

*物語構造論) ギリシア神話からはじまって、シェイクスピア、さらにハリウッドからスタジオジブリまで、古今東西、人間が描いてきた物語に共通する構造や鉄則を研究するもの。もちろん、物語には、一つとして、同じものはありません。模倣からは"傑作""名作"は生まれませんが、優れた物語構造を研究することで、構成要素や法則のようなものを抽出するという試みです。

*ストーリーテリング) もともとは物語を絵や図に頼らず、いかに語り込むかという意味でしたが、最近はビジネスリーダー等が、企業の戦略や事業展開を物語風に語る時にも使われるようになりました。