中国
中国経済の持続的発展と中国リスクの行方に世界中が注目! ~2013年「夏のダボス会議」レポート [その1]
[PHOTO] Getty Images

2013年"金秋"の大連---。

私にとっては、2007年以来、中国で7回目となる「夏のダボス」(9月11日~13日)への参加だった。

「ダボス会議」(世界経済フォーラム年次総会)は、毎年1月末にスイスの寒村ダボスで行われ、世界を代表する約2500人の政財学界の指導者たちが集まることから、「経済界のオリンピック」の異名をとる。このダボス会議では10年ほど前から、台頭する中国に対する話題が急増したため、2007年から、毎年9月に大連と天津で交互に「夏のダボス」が開かれるようになったのだ。

「多給更多収」の政治手法で大連にもたらされた「夏のダボス」

2007年9月初旬に、大連の周水子国際空港に降り立った時の光景は、いまも忘れられない。タラップを降りると、空港内に赤絨毯が敷かれ、大量の白いカーネーションで両側を飾った花輪の道が作られており、「ダボス会議参加者専用出口」と英語表記があった。それは、まるで結婚式のヴァージンロードのようだった。そちらへ足を向けると、妖精のようなブルーの制服を着た美女が「パスポート・プリーズ!」と微笑み、そのまま「ダボス専用AUDI」が待つ出口へと案内された。

ホテルへ向かう道路は、左側一車線が「ダボス専用車線」になっていて、スムーズなことこの上なかった。街路には「歓迎! ダボス会議」の英語の垂れ幕や広告が、あちこちに貼られていた。

街はピカピカに磨かれていて、ゴミ一つ落ちていなかった。これは中国では奇跡的なことだった。後に地元の人に聞くと、何と1ヵ月前から人民解放軍が総出で、大通りの掃除を行ったという。

2007年のダボス会議の会期中は、汚らしい屋台などは臨時閉店を余儀なくされた。700万市民に対しては、外出の際には最も見栄えのよいよそ行きの服を着ること、ダボス会議の参加者を見つけたら笑顔を向けることといった通達が、市政府から出されたのだった。

私は両替しようと思って中国銀行に入ったら、入口の女性に「1時間待ちだ」と無愛想に言われた。だが彼女は、私の胸にかかった「ダボス会議参加証」に目を留めるや、とたんに笑顔を見せ、「こちらへどうぞ」と言った。そして私をソファへ案内すると、たちどころに両替担当の行員が飛んできたのだ。

2007年「夏のダボス」の会場は、この会議に向けて新たに開拓したという星海新区に竣工したばかりの巨大な国際会議センターだった。市の中心部のホテルから国際会議センターまでは、300台のAUDIがピストン輸送した。中国へはそれまで50回以上、渡航していた私だが、このような厚遇を受けたのは初めてだった。

そもそも大連は、日本人が開拓した街である。正確に言うと、遼東半島東端の鄙びた漁村に、日清戦争後の1898年にロシアが港を敷設し、「ダリエ」(遠い場所)と名づけた。たが、6年後の日露戦争以降、40年余りにわたって日本が統治した。初代満鉄総裁の後藤新平の強いリーダーシップによって、満鉄を中心とした当時有数の先進都市に発展させたのだ。

いまの中華人民共和国になって以降、かつての日本時代の発展の精神を引き継いだのが、1993年から2000年まで大連市長を務めた薄煕来だった。2012年4月に重慶市党委書記から失脚した薄煕来は、後述するように現在は、習近平政権から「汚職の権化」のレッテルを貼られて、拘置所暮らしを余儀なくされている。だが大連時代の薄煕来は、「北方の香港」をキャッチフレーズに、大連に日本企業を始め、多くの外資を誘致し、大いに隆盛させた功労者なのである。

だからいまでも大連では、薄煕来は英雄だ。2013年秋に訪れた時、上は大連市幹部から、下はタクシー運転手、屋台のオバサンに至るまで、誰に聞いても「薄煕来時代が大連の黄金時代だった」と述懐した。中には、「習近平は自己の権力闘争のために、中国で最も能力のある政治家を生贄にした」と、怒りを露わにした市政府幹部もいたほどだ。

習近平政権から、いくら薄煕来が「汚職の権化」のレッテルを貼られても、大連市役所には「薄煕来市長と市民が100年後に託した手紙」が飾られている。市政府幹部の話によれば、「習近平政権へのささやかな抵抗」なのだそうである。

その薄市長が、自分の後継者に指名したのが、進歩的な経済学者出身の夏徳仁市長だった。2002年から2007年まで商務部長(経済大臣)に出世を遂げた薄煕来は、「夏のダボス」の話が持ち上がった時、迷わず大連に誘致することを決めた。当時の温家宝首相も、この国際イベントに意欲を示したため、温首相の故郷である天津と大連とで、交互開催となったのである。

薄煕来の政治手法は、一言で言えば「多給更多収」(多くを与えてさらに多くを得る)というものだった。世界の政財界のVIPたちをこの上なく豪勢にもてなし、彼らが望むものを準備し、多くの多国籍企業を誘致する。2013年に東京がやったオリンピック開催地の誘致作戦と同じ手法である。それによって多国籍企業が大連に拠点を置けば、インフラを整備でき、雇用が促進でき、かつ世界最先端の技術も学べるというものだ。

先代の胡錦濤・温家宝政権も、基本路線は薄煕来と同じだった。北京オリンピックや上海万博から、国際モーターショー、国際映画祭まで、多くの「国際イベント」を中国に誘致しようと躍起になった。「夏のダボス」も、その一環として中国にもたらされたものだった。

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