混迷するライム病論争

 近年、日本でもマダニ媒介感染症が急速に認知されるようになってきました。たとえば、重症熱性血小板減少症候群(SFTS)は、2011年にウィル スが特定された病気ですが、今年1月に、日本国内で初めて患者が確認された後、これまでに患者三十九人見つかり、そのうち十六人が死亡しています。現在、 マダニがこのウイルス(SFTSウイルス)を持っているかどうかが実地調査されており、どうやら関西以南だけでなく、中部地方にまで広がっているようで す。今後調査が進めば、関東、東北、北海道にまで広がっていることが判明する可能性もあります。何しろマダニは日本各地にいるのですから……。

 マダニが媒介する病気はこれだけではありません。たとえば、1994年に初めて報告された、ヒト顆粒球アナプラズマ症は、高熱と血小板減少を起こす のが特徴で、日本でも、マダニから原因ウイルス(Anaplasma phagicytoghillum)が検出されています。

 その他にも、ポワサン脳炎というダニが媒介する脳炎は、ポワサン・ウィルスによる感染症で、致死率の高い病気です。近年、このウィルスも日本に定着していることが示されました。

 やはりマダニが媒介する、ボレリア菌の一種(Borrelia miyamotoi)は、1995年に発見された細菌で、しばらく病原性がわかって いませんでしたが、2011年になって、髄膜炎などの重い症状を引き起こすことがわかりました。これまで日本では、このボレリア菌による感染症の患者は見 つかっていませんが、媒介するマダニは北海道や本州中部に生息するIxodes persulcatus(シュルツェマダニ)なので、単に患者が特定されていないだけ、という可能性もありそうです。

 マダニ感染症にバベシア症というのがあります。日本で犬のバベシア症しか見つかっておらず、この犬タイプのバベシア原虫は人に感染しないのですが、他のタイプのバベシア原虫が人に感染すると、発熱、頭痛、筋肉痛、貧血などが起こります。

 いずれのマダニ感染症も、今のところ対症療法しかなさそうです。

 要するに、マダニが媒介する感染症は「新興感染症」で、原因となる病原体が発見されたのも最近なら、患者がいるのかいないのかもよくわからず(原因不明の症状とマダニとの関係が、これまでわかっていなかった)、ましてや治療法も確立していないわけです。

 前置きが長くなりましたが、『ニューヨーカー』の7月1日号に、そのマダニ媒介感染症の中でも「ライム病」と呼ばれるものをめぐって、近年アメリカ でちょっとした騒動が起こっているという記事がありました。ライム病は、マダニ媒介感染症の中では比較的歴史が長く、患者数が多いことも、騒ぎを大きくし ている一因なのかもしれません。