ドイツ
2020年東京オリンピックは日本にとって最高のアピールチャンス
1964年 東京オリンピックの開会式 〔PHOTO〕gettyimages

東京オリンピックと聞くと、今でも私は即座に1964年のオリンピックを連想する。白黒テレビだったはずなのに、私の脳裏には真っ青な空が広がり、そこを貫くファンファーレの音がはっきりと聞こえる。

エチオピアのアベベ選手が裸足で走り、しかも、42キロ走った後、まだ余裕たっぷりだったのが、子供心にも驚異だった。そういえば当時、私の通っていた小学校では、週に1度か2度、テレビ授業というものがあり、テレビ室で理科や社会の教育番組を見たが、担任の若い女の先生が、どうしてもオリンピックを見たくなったらしく、皆でこっそりオリンピック中継を見たことも鮮明に思い出す。

とにかく、私たちにとって、東京オリンピックの思い出は強烈だ。あのころは、世界がキラキラと輝いていた。経済成長が始まり、世の中に躍動感があった。夢と希望、そう、安倍首相のブエノスアイレスのスピーチの、まさにあの通りだった。

できることなら、ああいうワクワクする気分を、今の子供たちにも味あわせてやりたいと思うが、オリンピックなど、今の子供たちにとっては刺激が弱すぎて、大してエキサイトしないのだろうか。

経済的利益を超える大いなる効果に期待

今回、2020年のオリンピック開催地が東京に決定した理由はいろいろ挙げられるが、日本人の心が久しぶりに一つになりかけている今、これはまさに時の運としか言いようがない。小さな熱帯性低気圧として始まった安倍政権は、あれよあれよという間に成長して、周りの物を巻き込み、台風になろうとしている。その安倍首相の強運がオリンピックを東京に引っ張ってきた。しかも、台風はまだまだ成長する気配だ。

「(福島の)状況はコントロールされている」とスピーチした安倍首相〔PHOTO〕gettyimages

東京オリンピックは、日本にとってのチャンスになりうる。放っておいても世界の目が集まるのだ。これほど最高のアピールのチャンスが他にあるだろうか。

最近、とみに霞んでいた日本だが、実は、世界に誇れるものは多い。治安はいいし、清潔だし、これほどの大都会だというのに、駅裏に麻薬患者のはびこる無法地帯もなければ、タクシーでぼられることもない。人々は穏やかで、優しく、地道で、正直で、なるべく人には迷惑を掛けないようにと心がけている。

そして、何より凄いのは、高度に発達したサービス業。日本のサービス業の素晴らしさは、利便性だけでなく、思いやりという付加価値が付いているところで、しかも、それを皆が当たり前だと思っているところが、私に言わせれば、さらに驚異的だ。

クールジャパンなどという御託を並べなくても、日本人が普段通りに暮らしている姿を見れば、それだけで世界の人々は目を瞠るはずだ。だから、オリンピックを機に、どしどし見てもらえばよい。そして、真摯で正直な姿を世界に知らしめることができれば、これは、経済的利益を超える大いなる効果だと思う。

この続きは、プレミアム会員になるとご覧いただけます。
現代ビジネスプレミアム会員になれば、
過去の記事がすべて読み放題!
無料1ヶ月お試しキャンペーン実施中
すでに会員の方はこちら