杉山製作所を下請け自動車部品メーカーから家具メーカーへ変えた"鉄の可能性"
杉山製作所の家具の数々[Photo] 筆者

 自動車部品の下請け製造から自社ブランドを持つおしゃれな家具メーカー変身した中小企業がある。その成功のストーリーを見ていくと、経営者の熱意と冷静な戦略眼がマッチしていることが分かる。中小企業生き残りのケーススタディー的な存在ではないだろうか。

 華麗な変身を遂げたのは、杉山製作所(本社・岐阜県関市、資本金1000万円、社員27人)だ。同社は1962年の創業、溶接専門の鉄工所として主に三菱自動車向けに自動車部品を生産してきた。主力製品は三菱自動車の「パジェロ」で使う座席の骨組などで、三菱自動車本体から見れば、三次下請けだった。

 バブル経済の頃に月に3万台分の部品を生産して、年商は最高3億円を記録。社員も30人程度いた。典型的な下請け中小企業と言えるだろう。

2000年頃には売上高がかつての3分の1に

 ところが、バブルが崩壊したことに加えて三菱自動車のリコール問題による販売減の影響も受けて業績は悪化、2000年頃には売上高が3分の1にまでに落ちた。
 さらに業績悪化に追い打ちをかけたのが、元請側の生産拠点が中国に移転し、納入価格競争が厳しくなったことだった。

 杉山製作所の島田亜由美社長はこう振り返る。

「低迷する父の会社を何とかしたい。今までは下請けで元請から言われるままの価格で部品を生産していましたが、自社の技術を使って自社ブランドの製品を造って、価格決定権も手に入れることができないかを考えました」

 島田さんは創業者である杉山恵敏氏の次女で、父の会社の近くに住む。出産・育児休暇明けの2000年の夏頃、父の会社の不振ぶりを目の当たりにしていた。
 同じく会社のことを心配する姉夫婦から「鉄工所のノウハウを活かして店舗向け什器を造ったらどうか」と提案された。
 姉夫婦はギフトショップを経営しており、商品をおしゃれに見せる什器がなかなかないことにヒントを得ての提案だった。

 島田さんも当時、モデルルームの内装関連の会社でインテリアコーディネーターをしていた。「自分が持つデザインのノウハウを使って、これならできるかもしれない」と考えた。
 そして、工場の中を見に行くと、職人が機械や治具を使って鉄を自由自在に加工しているのが分かった。
「これならどんなものでも造れる」と島田さんは確信した。

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