中国
薄煕来は"完全に終わった政治家"なのか? ~5日間の公開裁判で暴露された中国社会の実態
〔PHOTO〕gettyimages

こんなに面白い中国の法廷劇を見たのは初めてだった。

8月22日から26日まで、5日連続で行われた薄煕来被告の公判である。新華社通信は、5日間のすべてのやりとりを書面で公開したが、それは小さな文字が羅列された用紙101枚に及んだ。全文を読み直してみると、いまの中国社会の問題が、すべて凝縮しているように思える。

以下、5日間のやりとりの"名場面"を再現し、解説しよう。

8月22日(初日)

会場となった山東省済南市中級人民法院と検察側は、本来はこの日一日で公判を終わらせるつもりだったようで、盛りだくさんの内容となった。

まずは検察側が、起訴状を読み上げた。それは1999年から2012年まで、大連の関係者たちから2,179万587元の賄賂を受け取ったというものだった。

なぜこれほど額が少なく、かつ大連時代に限定しているのだろう? 商務部長(2003年~2007年)、重慶市党委書記(2007年~2012年)時代の方が、賄賂は大規模だった可能性もあるのに、そこには一切踏み込んでいない。

薄煕来を商務部長に抜擢したのも、重慶市党委書記に抜擢したのも、実際には江沢民元総書記である。江沢民は、自分が総書記になった初期の頃に薄煕来の父・薄一波元副首相に大変世話になったため、恩返しをしたのである。だから、「大連後」に踏み込めば、江沢民に行き当たることになる。また、重慶時代の疑惑に踏み込めば、周永康前常務委員も連座される可能性がある。

中国語で「刑不上大夫」(刑は大臣には及ばない)という言葉があるが、共産党の常務委員(トップ7)まで行った者は裁かないというのが、鄧小平以降の不文律になっている。これは毛沢東が主導した文化大革命の反省である。厳密に法律を適用していけば、「全民腐敗」と呼ばれる中国社会にあっては、トップ7も含めて、政治家がいなくなってしまうのである。選挙のない一党独裁は、必然的に腐敗するのだ。

薄煕来被告 〔PHOTO〕gettyimages

話を法廷に戻せば、初日の薄煕来被告は、起訴状にいきり立ち、「私は起訴状にある一つ一つの具体的事案について述べよう」と意気軒昂で、裁判長に「被告人は意見を述べる必要はない」と注意された。

続いて、賄賂を渡したトップバッターとして、唐肖林・大連国際有限公司社長の一件が審理された。唐の陳述書によれば、110万9,446元の賄賂を3度に分けて薄に渡したという。

薄被告は「唐とは文化大革命の時に、小さな町工場(北京市二軽局機械修理工場)の工員として一緒に働いた仲だ」と語った。その後、1993年に薄が大連市長になると、唐も薄を頼って大連へ行き、1999年に大連市政府の香港事務所も兼ねた大連国際有限公司の社長に抜擢された。つまりは、700万都市大連の香港利権を、すべて市長一任とするシステムを作り上げたのである。そういえば当時の大連には、あちこちに「大連を北方の香港にしよう!」と書かれた横断幕が貼ってあったものだ。

薄被告は、「唐から3度金銭を受け取ったなどということは存在しないことだ」と完全否認した。検察側が「受け取ったろう」と畳み掛けるが、薄は言葉巧みに「でっち上げだ」と切り返していった。

休廷後、検察側がさらに詳細な唐証言を読み上げた。それは、2002年に大連ビル建設に絡んで、当時、遼寧省長だった薄の口利きで、唐が1,600万元の利益を上げたので、唐が瀋陽の薄の自宅があった友誼賓館で、薄に8万ドルを渡したというものだった。

これについても薄は、次のように答えた。

「唐は大連ビルの建設の際に、自動車の表示を始め、多くの虚偽申請を出して、当時問題になった男だ。大連では札付きのワルだった。こんな腐敗に満ちた詐欺師の証言を真に受けて持ってくるなど、どうかしている。当時の私は良識ある公僕であって、こんな頭のおかしな狂犬のような奴の証言を法廷で出されても、当惑するばかりだ」

続いて検察側が、大連国際有限公司が深圳で土地転がしをやっていた件を取り上げた。これについても薄の答弁は明快だ。

「会社がやっていたことは、会社の社長である唐の問題だ。市長である私は、市傘下の会社の利益になることだと社長から説明を受ければ、それは市の利益になるので、違法行為でない限り承認する。それが市長の仕事ではないのか? 深圳で唐が汚職をやっていたのは、唐自身の問題だ」

ついに検察は、切り札の唐本人の証言映像を法廷で流した。唐は、輸入車の件で遼寧省長の薄のところへ陳情に行ったところ、すぐに夏徳仁・大連市長が20数件の許可を出したことなどを、延々と述べた。夏徳仁は、薄が抜擢した後継者で、私は2007年に面会したことがある。経済学者出身で、自分の経済発展理論を行政に応用するのだと意気込んでいたものだ。

薄は答弁を許されると、毒づいた。

「言いたいのは一言だけだ。今日ここで、魂を悪魔に売り渡した醜悪な奴の映像を見せつけられるとは思わなかったということだ」

すると裁判長が、「被告人は、証人の人格を傷つけるような発言を控えなさい」と叱りつけた。薄は、「わかった」と言って、また反論した。

「唐は昔は良き"工友"だった。それがホラ吹きになって、いろんなことをでっち上げる。5万ドル、8万ドルをオレが受け取って、それで何になるというのだ。家のリフォームをしたというのか? 唐の証言と検察の言い分は、まったく理にかなっていない」

検察側は、もう一つの核心である薄夫人の谷開来被告の証言を出した。それは、北京市東城区新開路71号にあった自宅に金庫があり、そこから薄が8万ドルなどを、随時持ち出していたというものだ。

薄は、法廷で大笑いをした。

「滑稽千万だ。おかしくてたまらない。谷のそんな証言でオレを追及するより前に、そのカネが一体どこから来たものか、谷に聞いてみるべきではないのか?」

薄はさらに続けて、先の唐証言であった友誼賓館は瀋陽郊外にあり、自分の自宅ではないこと、金庫の件も事実でないことを述べた。すると検察側が喰ってかかり、今度は裁判長が検察側をたしなめた。「裁判長が素晴らしい正義感を持っておられることに感謝申し上げる」と、薄は余裕の表情である。

午後の法廷では、大連実徳集団有限公司の徐明会長が薄に渡したとされる2068万1,141元の審理が行われた。徐明会長は、薄夫人の谷開来の愛人と囁かれる男で、谷の海外の別荘購入や、息子の薄瓜瓜への資金提供役でもあったと言われている。

私は2011年9月に、あるパーティで徐明会長と会い、10分ほど立ち話したことがある。典型的な遼寧人のタイプ(お人好しで話が大きい)で、自分は大の親日派だと力説していた。日本中の名門ゴルフ場でプレーしたことがあるそうで、半年前に東日本大震災が起きた時には、「もうこれであの大好きな福島カントリーでゴルフができなくなると思い悲しかった」そうである。「日本人は大好きなので、今度一度、事務所に遊びにおいで」と言われたが、徐明会長はそれから半年後に、薄事件に連座して逮捕された。

法廷では、この徐明証言に対して、薄は「徐明は(妻の)谷開来の友人であって私の友人ではない」とそっけなかった。

「二人きりで会ったことすらない。思い出すのは、サウジアラビアの国王が訪中した際に、徐明がその関係者を接待したいというので、取り計らってやったことくらいだ」

検察側は、すでに逮捕済みの徐明を、証人として法廷に登壇させた。徐明は、よどみなく証言した。

「42歳、漢族、短大卒、大連実徳集団会長」と属性を述べた。「私は谷開来に、323万ドルでフランスに別荘を買ってやり、息子の瓜瓜がアフリカ旅行する際には10数万元出してやり、好きな電動車を8万元で買ってやり・・・」

徐明は、大連のプロサッカーチーム「実徳」や熱気球場の利権などで、薄に口利きを頼んだと証言した。法廷で、薄と徐の直接対決となった。

薄: サッカーチームでキミは儲けたのか?
徐: いいえ、ただ社名を広めただけです。
薄: 熱気球場の件は、オレが決定したのか?
徐: 具体的な審査の過程は知りません。
薄: キミが瓜瓜に提供した電動車やらアフリカの旅行代金やらは、オレに話したことがあるか?
徐: ありません。
薄: 正直に答えてくれてありがとう。キミが谷開来に与えた豪華な物や瓜瓜に与えた高価な腕時計などのことは、オレに話したことがあるか?
徐: ありません。
薄: キミが谷に提供した海外の何百万もの件はどうだ?
徐: やはり話していません。
薄: 谷のニースの別荘の件は?
徐: 一度はあなたの自宅で、もう一度は商務部で。
薄: それ以外は?
徐: ありません。
薄: オレが一度でも、キミにニースの別荘の件を口にしたことがあるか?
徐: ありません。
薄: キミからオレに持ちかけたことは?
徐: ありません。
薄: 二人きりでニースの話をしたことはあるか?
徐: ありません。

さらに薄の弁護人が徐に対して、1999年に谷と知り合い、親しくなったものの、薄とは別に友人関係でもなかったことを問い質した。さらに徐明が贈賄の罪で被告人であり、それは谷開来と瓜瓜に対してのものであったと糾弾した。検察は、石油利権を始め、徐がいかに薄から利益供与を受けていたかを述べたが、薄の直接関与を証明するのは困難だ。

徐はまさに、薄の潔白を証明するために来たようなものだった。

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