佐藤優の読書ノート---綿矢りさ「トイレの懺悔室」(『憤死』収録)ほか

【佐藤優直伝「インテリジェンスの教室」Vol.019 目次】
 ■分析メモ No.44「日露外務次官級協議」
 ■分析メモ No.45 「朱建栄事件」
―第2部― 読書ノート
 ■読書ノート No.56『宇野理論とアメリカ資本主義』
 ■読書ノート No.57『住宅貧乏都市モスクワ』
 ■読書ノート No.58「トイレの懺悔室」(『憤死』収録)
―第3部― 質疑応答
―第4部― 文化放送「くにまるジャパン」発言録
―第5部― 今後のラジオ出演、講演会などの日程

読書ノート No.56

馬場宏二『宇野理論とアメリカ資本主義』御茶の水書房 2011年

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宇野学派の視座から見たアメリカ資本主義分析に関する論文集。しかし、馬場氏の方法論的立場がわかりにくい。日本型会社主義の評価、過剰富裕化論は、外挿的で宇野三段階論との関連が不明確だ。

ただし、講座派と労農派のエートスの差異に関する以下の考察は興味深く、かつ正しいと思う。

近代的統治能力を持つ支配階級を促成するために、近代的教育制度を体系的に制定し、それを人民に開放して能力に応じて上級の訓練を施すことで支配階級をリクルートしなければならない。さしあたり男性に限られたが、大学卒業生が貴族に接する地位を与えられた。大学予備門である高等学校の生徒も、社会的に貴族予備軍としての扱いを受けた。彼らが横文字で西欧社会のあり方を学び、貧しく遅れた日本を顧みた時、社会向上のためのノーブレス・オブリージュを感じたとしても不思議はない。

近代化=経済的発展のための西欧思想はつぎつぎと吸収されたが、日本の事態に関して説明能力が高く、世界史的状況からも強力になったのがマルクス主義だった。その影響は広く知的エリート層全体に及んだ。一般社会では、マルクス主義はハイカラで危険な舶来品に過ぎず、収穫の半分が現物で小作料として取り去られるために「搾取」が実感できる小作層へは、志の高い学生を通じて持ち込み得たものの、賃労働のもとで「搾取」の実情が見難く、社会階級としての統合意識が乏しく、実体としても明確でない労働者階級のばあいは、思想の側からのスリ寄りがあるのに、主体の側はこれを受け入れようとしなかった。革命より実利が優先したのであろう。・・・・・・(以下略)

このテーマについて深く知るための「連読」3冊
・大内力『国家独占資本主義』こぶし書房 2007年
・鎌倉孝夫『日本帝国主義の現段階』現代評論社 1970年
・堤未果『(株)貧困大国アメリカ』岩波新書 2013年

読書ノート No.57

道上真有『住宅貧乏都市モスクワ』東洋書店 2013年

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ソ連崩壊から22年を経たのに、ロシア人の経済観、私有財産に対する意識は、欧米や日本の資本主義社会と異なる。その特徴が端的に現れるのが、ロシア人の住宅観だ。道上氏は詳細な調査と実証研究でロシア人の住宅観を見事に可視化した。

ロシアのGDP(国内総生産)に占める住宅ローン利用額(融資残高)の割合は、筆者の計算によるとまだ2%でしかない。最近住宅ローン利用が増えてきたとはいえ、日本の30%と比べるとその利用率はかなり低い。ロシア政府は子育て中の30歳未満の若年世帯向けにローンの利子負担を補助する政策も実施している。ドミトリーさんのケースもこの事例に当てはまるそうだが、雇用と所得が安定している職業でなければ、返済計画は厳しいものだ。ロシアの住宅ローン利子率は、以前は15%にも上った。最近は10%くらいに引き下げられてきたとはいえ、政府の補助があっても日本と比べると利子率が高い。この利子率の高さが住宅ローンが伸びない1つの要因とされている。

さらに最近の住宅価格の高騰が、住宅ローン利用率の低さにも影響している。新築や中古の人気物件も含めて、世帯の平均所得に比べて、住宅価格があまりにも高くなりすぎたため、ローンを借りても手が届く住宅はフルシチョフカぐらいしかないというのが実情である。ロシア全体の平均世帯収入と住宅価格との年収倍率は約3倍(2010年時点)に落ち着いたが、ローンを利用したうえで住宅に手が届く世帯の割合は、筆者の計算によればロシア全体でまだ20%程度しかない。住宅価格の高騰と住宅ローン利子率の高さは、特に相続する住宅もなく、新たに独立して住宅を確保しようとする若年世帯に深刻な影響を与え、ローン利用が普及しない要因になっている。>(47~48頁)

ロシア人が住宅購入を決断しないのは、住宅ローンの利子が高いからだけではない。そもそもロシア人が「住宅はお上(政府でも企業でもよい)が提供するのが当たり前だ」という意識があるからだ。・・・・・・(以下略)

このテーマについて深く知るための「連読」3冊
・原武史『団地の空間政治学』NHKブックス 2012年
・NHK取材班『もう一つのソビエト―モスクワ団地族を追って』日本放送出版協会 1986年
・豊田菜穂子『ロシアの大人の部屋―自分らしく暮らしを楽しむロシア女性の雑貨とインテリア』辰巳出版株式会社 2011年

読書ノート No.58

綿矢りさ「トイレの懺悔室」(『憤死』河出書房新社 2013年に収録)

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綿矢りさ氏の小説が、最近、鋭さを増している。短編集『憤死』に収録された「トイレの懺悔室」は、人間の告白(懺悔)という行為に、支配-被支配の関係が埋め込まれていることを見事に描いている。小学校6年生のときに、12歳のおれ(主人公)と達也、11歳のゆうすけとロクは、奇妙な中年男性に誘われ、そこのトイレで一人ずつ懺悔を迫られる。

大学を卒業した同窓会で4人は再会する。ゆうすけは、今は老人になった、懺悔を迫った男と交友があるという。ゆうすけに誘われ、老人の家で主人公は、ゆうすけとこんなやりとりをする。

「きみは地蔵盆の日のこと、覚えてる?ぼくたちがこの家に初めて来た日」
「ああ覚えてるよ。キリスト教のまねごとをさせられたな。いまにして思えば、親父はなんであんなことしたんだろう。なにかの宗教団体に所属していたのかな」

「いや、無神論者だったよ。じいさんはおもしろい人だ。宗教などくわしくもないのに、自宅に子どもを招いて懺悔室のまねごとをするなんて。思えばぼくがその後もこの家に来たのも、じいさんのその発想が気に入ったからだ。あのとき来てみて、さあどんな説教垂れ始めるんだと思えば、あの人は自白させるだけで満足しちゃってさ。人の秘密を知りたかったんだな。下世話な趣味だよ」

「そうか?おれはなんか、話してすっきりしたけどな。気恥ずかしかったが、懺悔もいいもんだなと思った」

「それがじいさんの狙いだったんだよ。罪を告白させて、人間のガードを緩くさせる。子どもなんか簡単に引っかかる。なあ知ってる?じいさんはぼくたちだけじゃなくて、ほかの子どもも連れ込んでは懺悔させてたんだ。家に連れ込まれた女子の一人が親に訴えて、ぼくたちの通っていた小学校からも厳重注意を受けたくらいだ」・・・・・・(以下略)

このテーマについて深く知るための「連読」3冊
・綿矢りさ「亜美ちゃんは美人」(『かわいそうだね?』文藝春秋 2011年に収録)
・ミハイル・A・ブルガーコフ(水野忠夫訳)『巨匠とマルガリータ』河出書房新社 2008年
・ミラン・クンデラ(関根日出男/中村猛訳)『冗談』みすず書房 2002年