読書人の雑誌『本』
『歌舞伎 家と血と藝』著:中川右介
巨大ファミリーの系図

このたび、講談社現代新書の一冊として刊行された『歌舞伎 家と血と藝』は、歌舞伎の世界の舞台裏を描いたものである。といっても、「海老蔵事件の真相」とか「勘三郎の女性関係」といったようなことは書かれていない。

明治以来の歌舞伎界全体における権力闘争の歴史と、七つの名家それぞれの家と血と藝の継承を描いたものだ。「舞台裏」ではあるが、歌舞伎史の前面に刻まれている出来事を綴った。歌舞伎の本ではあるが、演技論・演劇論ではなく、歴史の本なので、歌舞伎をよく知らない方でも、外国の歴史―たとえば七つの小国が競い合う興亡史―のつもりで読んでいただければ楽しめると思う。

歌舞伎界に名門・名家はいくつもあるが、現在の歌舞伎界の中心、つまり歌舞伎座で主役を勤めている役者の家というくくりで七家を選んだ。市川團十郎家、尾上菊五郎家、中村歌右衛門家、片岡仁左衛門家、松本幸四郎家、中村吉右衛門家、坂東三津五郎家である。

これらの七家は独立しているが、実はみな親戚でもある。ひとつの巨大ファミリーなのだ。たとえば、市川海老蔵と松たか子(松本幸四郎の娘)は、実はかなり近い親戚だ。この巨大ファミリーの系図は、平安時代の天皇家と藤原摂関家のように、何本もの線が交差する。その線は、ジョン・レノンにまでつながっている可能性も高いのだ。

五代も六代も遡れば、一般の人でも親戚の数はかなり増え、赤の他人と思っていた人も実は親戚だったということもありえるかもしれない。歌舞伎界にかぎらず、政界、財界、官界も上層部は複雑な閨閥を築いている。しかし、歌舞伎界の場合、トップはひとつの巨大ファミリーだけで構成されており、まさに藤原摂関家時代の朝廷のような世界なのだ。

その複雑な人間関係は、歌舞伎ファンであれば親子・兄弟くらいはすぐに分かるが、三等親以上離れてくると、分かりにくい。「何代目◯◯の長男として生まれ」はすぐに分かったとしても、それ以上のことは調べないと分からない。さらに、「表向きは◯◯の子だが、実は血のつながりはない」という父子もいるなど、かなり調べないと分からないことも多い。

誰と誰が親戚であるかなど、どうでもいい話ではないか。高尚な伝統文化である歌舞伎についての本であれば藝について書くべきである│このように考える人もいるだろう。それはそれで正しいと思う。

だが、歌舞伎の場合、藝の系譜と血の系譜は関係している。さらに、当人たちが「自分は何々家の何代目である」と常に名乗っており、役者のプロフィールにおいて「家」と「名」の比重は高い。ある名前を襲名することは、その藝を継ぐことでもある。家と藝と名とが密接に結びついているのが、歌舞伎の世界だ。「家」を無視して歌舞伎は語れないはずなのだ。そして、「家」を構成する要素のなかで「血」が重要なのも言うまでもない。

たしかに親子は似るので、息子であれば父の藝を継承しやすいと思われる。だが、なかには母親に似る男の子もいる。歌舞伎の藝は、容姿がかなりの割合を占めるので、母親似の子は父の藝の継承は難しい。血にこだわると、藝が廃れることもありえるのだ。

 
◆内容紹介
「二〇一三年四月二日、歌舞伎座新開場柿葺落の初日に出かけた。この日、いちばん盛り上がったのは、人間国宝や藝術院会員たちの重厚な演技ではなく、中村勘九郎の息子・七緒八が花道を歩いて出てきた時だった。セリフを言うわけでもなければ見得を切るわけでもない。ただ歩いて出てきただけだ。・・・・・・それなのに、「中村屋」との掛け声と万雷の拍手――こういう光景は歌舞伎ならではのものだろう。こういう世界は、たしかに入りにくい。だが、入ってしまえば、ひとりの幼児の背後にいる何世代にもわたる歴史が見えて、それだけで面白い。」(あとがきより)