ブルーバックス
『大栗先生の超弦理論入門』(大栗博司=著)より
【第4講】 「弦」が解決した「無限大の問題」

【第3講】はこちら

根本的な解決をめざした弦理論

日本の物理学界には、かなり早い段階で「拡がりを持つ素粒子」のことを考えた研究者がいました。日本人として最初にノーベル賞を受賞した湯川秀樹です。

湯川は大学を卒業して研究者として歩みはじめたとき、すでに二つのテーマを見定めていました。一つは陽子と中性子を結びつける核力の解明。もう一つは、電磁場のような「場」に量子力学をあてはめる「場の量子論」の問題です。

核力の起源は、その数年後に、中間子理論によって解明されました。しかし湯川の第二のテーマであった場の量子論は、無限大の問題に直面します。湯川は素粒子を「拡がり」のあるものと考えることでこの問題に取り組んだのですが、当時はまだ数学的な手法や場の理論に関する理解などが未熟だったこともあり、なかなか解決に至りませんでした。

それに対して、同じ問題を「くりこみ」という暫定的ながら実用的な方法で解決したのが、朝永振一郎でした。湯川と朝永では、同じ問題へのアプローチがまったく違ったわけです。

現実的な解決策を開発した朝永に対して、湯川のほうは、時代に先駆けたビジョンを追究するタイプの科学者でした。後年には哲学的な思索に傾いたようで、たとえば湯川の著した教科書には、中国盛唐期の詩人である李り 白はくの「夫天地者萬物之逆旅、光陰者百代之過客(それ天地は万物逆旅にして、光陰は百代の過客なり)」という文章が引用されています。

逆旅とは宿屋のことである。万物はそれぞれ宿屋のどれかの部屋に泊る旅人である。どこかから来て、そこに泊り、やがてどこかへ去る。しかし天地全体が宿屋なら、その外へ出てしまうことはなかろう。同じ部屋に居続けるかほかの部屋へ移るかの、どちらかである。あるいは時あってか旅人は死ぬことによって、この天地から消えてしまうこともあろう。そこで、もしも天地という代りに三次元の空間全体、万物という代りに素粒子という言葉を使ったとすると、空間は分割不可能な最小領域から成り、そのどれかを占めるのが素粒子ということになる。この最小領域を素領域と名づけることにしよう。(『岩波講座 現代物理学の基礎10 素粒子論』岩波書店)

私は大学生時代にそれを読んで、「何だ、これは」と仰天しました。しかし、いま考えればこの「素領域」という発想は、重力と量子力学を統合したときに現れる階層構造の行き止まり、プランクの長さのことを予見していたのかもしれません。

湯川と朝永は、ともに旧制第三高等学校から京都大学に進んだ同級生でした。タイプの異なる二人が切磋琢磨しながら、日本人ノーベル賞受賞者の一号、二号となったのです。