講談社化学出版賞受賞『化石の分子生物学』著:更科功
先生の勘違い

大学で講義を終えると、ときどき学生が質問にくる。

「ヒトとチンパンジーとゴリラの中で、系統的に近いのはヒトとチンパンジーなんですよね。でも、どう見ても、ゴリラとチンパンジーの方が、見た目は似てるじゃないですか。それなのに、どうしてヒトとチンパンジーの方が系統的に近いと言えるんですか?」

私は基本的には、ひまな人である。少なくとも、ひま人になろうと日々心がけている。そんな私にも、たまには急いでいるときがある。そういうときは、質問を早めに切り上げなくてはならない。

「そんなことはないよ、君はチンパンジーにそっくりじゃないか。系統的に近縁なのは明らかだね。先生から見たら、君とチンパンジーは区別がつかないよ。ほら、これでよく見てごらん」

そう言って、私は学生に鏡を渡す。そして、そそくさと教室を後にするのだ。

しかし、いつもこんなふうに答えるわけにはいかない。こういうことを続けていると、なぜかだんだん人生に支障がでてくるのだ。仕方がないので、かわりにこんな話をすることもある。

「寝るほど楽はなかりけり。浮き世のバカは起きてはたらく」

先生が黒板にこう書いて、試験に出すからこれを暗記しておきなさいと言ったとしよう。それから試験がおこなわれ、先生は今、答案を採点している。そして先生は、そっくり同じ二枚の答案を発見した。その二枚の答案には、こう書いてあった。

「寝るほど楽はなかりけり。浮き世のアホは寝ずにはたらく」

短気な先生は、たちまち怒り心頭に発した。

「カンニングだっ!」

「バカは起きて」が正解である。それなのに、二人とも答案には「アホは寝ずに」と書いてある。偶然に、二人が同じ間違いをしたとは考えにくい。きっと、まずひとりの学生が間違えて、「アホは寝ずに」と答案に書いてしまったのだろう。もうひとりの学生は、それが間違っているとも知らずに、そのまま写したのにちがいない。先生は二人の学生を呼び出して問いただした。二人はあっさりカンニングを認めた。どうやら二人で答案を見せ合っていたらしい。カンニング仲間である。二人を不合格にした先生は、ご満悦で採点を続けた。すると先生は、また、そっくり同じ二枚の答案を見つけた。

「寝るほど楽はなかりけり。浮き世のバカは起きてはたらく」

先生は再び興奮した。

「カンニングだ!」