ブルーバックス
『大栗先生の超弦理論入門』(大栗博司=著)より
【第3講】 もはや「くりこみ」は通用しない

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無限大を解決する二つの可能性

前回は、電子が大きさを持たない点粒子であると考えると、電磁場を変化させた電子自身の質量が無限大になってしまうという問題があることを述べました。この問題を解決するために考えられたのが、次の二つのアイデアでした。

(1)電子の大きさがゼロではないと考える。
(2)電子が電磁場のエネルギーを起源とする質量のほかに、電子固有の質量を持っていると考え、この固有の質量によって無限大を相殺する。

電子の大きさがゼロだと電磁場のエネルギーが無限大になることが問題だったので、電子に大きさを持たせるという(1)は自然な発想でしょう。しかし、このアイデアを実際に使うには一筋縄ではいきませんでした。

たとえば特殊相対性理論では、観測者の速度によって空間や時間が伸び縮みをします。電子がある観測者から見てゼロではない大きさを持つとすると、それと相対速度を持って運動している別な観測者からは、電子の大きさや形が変わって見えるのです。見方によって変わってしまうのなら、電子の大きさや形を一つに決めることができません。

このほかにも、(1)の「拡がりを持った素粒子像」にはさまざまな困難がありました。

これに対し、電子固有の質量で無限大を相殺するという(2)は、こじつけのようには見えますが、実用的な考え方でした。素粒子の標準模型を構築する際に役に立ったのも、こちらのアイデアでした。これが前回説明した「くりこみ」です。

予想以上に機能した「くりこみ」

くりこみはリチャード・ファインマン、ジュリアン・シュウィンガーと朝永振一郎がそれぞれ独立に開発した方法で、電子の質量や電子の間に働く力が無限大になってしまうような計算から、意味のある結果を引き出すために考えだされました。「くりこみ」という用語は朝永の命名で、無限大を電子の固有の質量や電荷に「くりこむ」という意味です。

しかし、この方法で無限大のエネルギーを相殺するには、電子のもともとの質量や電荷を負の値にするなど、不自然な調節をしなければなりません。そのため当初は、くりこみはあくまで暫定的な方法であって、無限大の本質的な解決策ではないと思われていました。