政局
もう「グループ」と呼んだらどうか!小学校のクラス分け程度の意味しかなくなった自民党派閥の無力化

 自民党の派閥研修会が新聞紙面をにぎわすようになった。新聞社によっては「派閥復活」という見出しを付けるところもある。だが、派閥全盛時代を知る記者のひとりとして強い違和感を感じている。派閥の強さ、とりわけ派閥領袖と構成する議員との関係が根本的に変わっているからだ。

議員ひとりつくるのには5億円かかった

 派閥の役割はカネ、ポスト配分、選挙応援の3つだった。この3つとも、今の派閥には無きに等しい。

 まず、カネ。私が田中派、竹下派を担当していたとき、元首相・田中角栄、元副総裁・金丸信らは膨大な資金量を誇り、それを配った。田中は訪れた議員に数千万円のカネを渡した後、「次、いつ来る?」と聞いた。20年以上の前のことだが、金丸は当選1回の衆院議員が亡くなったとき、しきりに「もったいないことをした」とぼやいた。理由を尋ねると「彼には5億円を回していた。それなのに、すぐ死なれちゃかなわんよ」ということだった。

 議員ひとりを当選させるのに、派閥は5億円もの資金を投入していたということだ。だから、当選してきた議員は恩義に感じ、派閥領袖の指示に従った。

「親分が『右を向け』といったら右、『左を向け』と言ったら左を向くのが派閥だ」―。金丸がこう言った派閥の秩序は、親分が子分のカネの面倒をみることによって成り立っていた。今どき、当時のような資金を提供できる領袖は不在であり、議員はカネをもらっても「どっち道、出所は政党交付金だろ」と思っている。

 内閣改造・党役員人事になると、派閥領袖は時の首相に「推薦名簿」を提出。首相は推薦名簿を元にして人事を進めた。推薦名簿に登載されなければポストに就けないわけで、派閥の議員は領袖にゴマをすった。これに対し、昨年暮れに発足した第2次安倍内閣では閣僚はもちろん、副大臣・政務官も官邸で決め、直接、本人に通知された。

 選挙応援も重要な派閥の役割だった。領袖クラスが応援に行く時、数百万円のカネを持って行くのが常識だった。また、彼らが行けば人が集まった。

 今の派閥の会長で聴衆が集まり、かつカネを持って行ける人がいるのか。派閥会長を列挙すると、元外相・町村信孝、元財務相・額賀福志郎、外相・岸田文雄、副総理兼財務相・麻生太郎、総務会長代行・二階俊博、環境相・石原伸晃、前副総裁・大島理森―の7人。人が集まるのは麻生、石原、岸田ぐらいだろう。

 昨年暮れの衆院選、今年7月の参院選で党の看板となったのは首相・安倍晋三、幹事長・石破茂、青年局長・小泉進次郎の3人だ。彼らは党の情勢調査に基づき、情勢が厳しいところを重点的に回った。

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