ブルーバックス
『単純な脳、複雑な「私」』 池谷裕二=著 第3回
特定の思考パターンを押しつける「頑固な脳」!?
世界の見え方は、脳が決めている! 本文より抜粋

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特定の思考パターンを押しつける「頑固な脳」!?
世界の見え方は、脳が決めている!

 一部の情報から全体を類推し補完する思考過程を「パターン・コンプリーション(pattern completion)」と言う。これは脳の大切な作用。僕らは気づかないうちに、いろんなところで、このパターン・コンプリーションをやっている。だって、世の中の情報って、すべて不完全でしょ。だから足りないところを想像で補わないと理解できない。

 逆に言えば、コミュニケーションにおいては「どう省略するか」という技が、重要になる。うまく省略できれば、少ない情報でも、相手に十分に伝わる。

 たとえば、省略の上手なことで有名な作家は、近代でいうと夏目漱石かな。夏目漱石の『吾輩は猫である』の冒頭の文章はどんなだっけ……?

──吾輩は猫である。名前はまだ無い。

 そうだね。ここにもパターン・コンプリーションが見られるでしょ。「名前はまだ無い」とあるけど、「誰の名前が無いのか」は書いてない。にもかかわらず、僕らはこの文章を読んだときに、「猫に名前がついていない」ということを、暗黙の了解として読み解く。そうやって、脳が持つパターン・コンプリーションの性質を利用して、いかに多くの記述を省略できるかというのは、文学のひとつの醍醐味でもあるんだな。その究極的な形が、詩や和歌なんだと思う。

 今、この画面に変な図形を出したけど、これ、何かわかる?(図A)

 あるものが隠れていて、一部分しか見えてないんだけど。さて、何が隠れているでしょうか。何かが隠れていて、黒い部分だけが見えている。

「これが隠れてますよ」と伝えるための普通のやり方は、答えを見せてしまうことだよね。隠れている実態をそのまま明かしてしまえばいい。当たり前だけど、そうすれば必ず伝わるよね。

 でも、「答え」を見せないまま、君らにちゃんと「答え」を知らせることができる。これもまた省略の妙というか、脳がいかにパターン・コンプリーションをしているかという例だ。さて、どうすればいいか。