ブルーバックス
『単純な脳、複雑な「私」』 池谷裕二=著 第1回
「世界」は脳の中で作られる。
脳研究が明らかにした、映画「マトリックス」のような事実。

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「世界」は脳の中で作られる。
脳研究が明らかにした、
映画「マトリックス」のような事実。

この絵を見たことある人いますか?

 立命館大学の北岡明佳先生が描かれたイラストです。動きの錯覚を呼び起こす不思議な絵。見てください、ほら、なにやら動きを感じませんか? これは動画じゃないんですよ。静止画ですけど、なぜかウネウネと動いて見えますよね。動きを感じる目の錯覚です。

 北岡先生の研究グループは、この絵を、ヒトではなく、サルに見せる実験をしているんです。

 脳の中のニューロン(神経細胞)に細いガラス電極を刺せば、ニューロンの活動を記録できる。すでに脳の中に、いろんなニューロンが見つかっています。たとえば赤色を見たときに反応する赤ニューロンとか、丸い形を見たときに反応する丸ニューロンとか、顔を見たときに反応する顔ニューロンとかね。とにかく、いろんな種類のニューロンがあることがわかっています。

 そんな中で、動いているものを見たときに反応するニューロンがあります。「MT野ニューロン」と言います。動いている車、転がっているボール、とにかく動いているものを見たら反応するんです。そういう動きを専門に扱うMT野ニューロンの活動を記録しながら、北岡先生は、先ほどのイラストをサルに見せました。何が起こったでしょうか。なんと、「MT野ニューロン」がビビビと反応したんですよ。

 この事実からとても大切なことが、少なくとも2点、わかりますね。まず、サルもヒトと同じように動きの錯覚を感じているようだという点。もう1点は、「MT野ニューロン」が活動してしまったということは、それはサルにとって、「動き」そのものだということです。後者はとても重要なことを言っているんですよ。

 いいですか。外の世界が動いていようが動いていまいが、そんなことは関係ないってことです。外界が静止していても、MT野ニューロンが活動してしまえば、それは私たちにとって、「動いている」こととまったく同じ。つまり、「脳の活動がすべてだ」ってことです。わかりますか? 急にそんなこと言われても、ピンとこないですかね。

 別の例をお見せしましょう。これです。ピンク色の斑点があります。それが1ヵ所ずつ瞬間的に消えています。消灯する場所が転々と回転している。こんな簡単な動画ですが、驚くべきことが起こります。

 まず、ピンクの斑点が見えているということは、みなさんの脳の中に、ピンク色に反応するニューロンがあるということです。ピンク担当のニューロンがビビビと活動しているから、みなさんにはピンク色が見えているわけです。