ブルーバックス
『海に還った哺乳類 イルカのふしぎ』
イルカは地上の夢を見るか
村山 司=著

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イルカと話したい!
「言葉を理解する」スーパーシロイルカと、
イルカ博士の20年間の奮闘記――。

5500万年前、彼らは突然、海へと戻っていった――。
かつて陸上で暮らしたイルカの祖先は、なぜ海中生活に舞い戻ったのか?
海が進化させた独自のからだと「水中生物最大の脳」の秘密とは?
乳母や保母に育てられる“女系社会”の掟や、
「鳴き声」を名刺代わりに使う知性に驚嘆する――。
「ヒトと会話ができ、文字が読めるイルカ」を目指して探求してきた
第一人者が語る、最新イルカ学のすべて。

プロローグ 海に還った哺乳類

ある日、突然、偶然に

 世の中には、”偶然”で決まってしまうことがたくさんあります。綿密に計画したイベントが当日の「偶然」の天候で中止になったり、「偶然」立ち寄ったレストランの味が気に入って、それからそこがひいきのお店になったりといったような経験は誰もがあるはずです。

 人の出会いなどは、まさに「偶然」のドラマそのものでしょう。たまたま隣に座った人が人生の師になったり、人違いで偶然声をかけた相手が生涯の伴侶になったりすることだってあります。緻密な「必然」よりも、ほんの「偶然」のほうが、はるかにドラマチックだったりするものです。

 広く生物界を見まわしてみても、偶然に左右されることばかりです。少し乱暴な言い方をすれば、地球上のさまざまな生き物は、「偶然」の結果、こんにちまで生きながらえてきました。たとえば、「突然変異」がそのよい例です。遺伝子少ベルや細胞レベル、個体レベルにおけるさまざまな突然変異が、進化や適応をとげる原動力となってきたのです。

 私たち哺乳類が、今こうして生きていることでさえ、実はある「偶然」のおかげなのかもしれません。もしその偶然が起きなかったら、私たちはここにはいなかったかもしれないのです。そして、本書の主役である「イルカ」もまた、その「偶然」のおかげで劇的な変遷を経てきた動物です。

 地球の歴史は約四五億年と計算されています。地球上に初めてラン藻類が出現したのが今から約三五億年前であることを考えると、地球という惑星の歴史の中で生物がたどった時間は、おびただしく長いことになります。

 その後の生命の進化をひもといてみると、多細胞生物が現れたのが約一〇億年前、魚類(肺があり、海底を歩けるヒレをもった肉鰭類)が最初に陸に上がったのは約三億六〇〇〇万年前とされています。そして、最初の哺乳類が現れたのが二億二〇〇〇万年前です。地球の誕生や最初の生命体の出現からはじまって、気が遠くなるほどの長い時間をかけて、哺乳類は海を脱出し、陸へ上がっていったことがわかります。

 しかし、長く続いた恐竜の時代の陰で、哺乳類はからだを大きくすることもできず、恐竜から身を隠してひっそりと暮らさざるをえませんでした。ところが──ある日、”大事件”が起きたのです。