政治は結果責任である! 猛暑の夏の後、安倍首相にのしかかる重い課題
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猛暑が続いている。日本の夏は、35度を超える気温が普通のようになってしまった。55年以上前の夏休みに、私が子どもの頃に書いた絵日記が残っている。私の郷里は福岡県北九州市であるが、連日28度くらいで、30度を超える日は希にしかない。この半世紀で、7~8度も気温が上昇したことになる。これが、地球温暖化ということであろうか。

当時は、普通の家にはエアコンなどなく、扇風機だけが頼りであったが、風通しをよくし、打ち水をするなど、涼を求めるための生活の工夫もあった。自然も豊かで、緑陰もあり、今のようにアスファルトやコンクリートに囲まれてはいなかった。都会のヒートアイランド現象は、豊かさの追求がもたらしたものである。赤道直下のインドネシアで夏を過ごしたとき、東京よりも涼しいと感じたくらいである。

国民・国家に対する責任感が希薄な現在の政治家

その酷暑の中、戦後68年目の8月15日を迎えた。先日、宮崎駿監督の映画『風立ちぬ』を観た。零戦の設計者堀越二郎の生涯と、堀辰雄の小説『風立ちぬ』を混ぜたフィクションであるが、貧しくも緑豊かな1910年代から1945年までの日本が描かれている。中国や韓国で、宮崎駿監督が零戦設計者の映画を作ったのはけしからんという批判もあると聞くが、私は、むしろ戦争の虚しさを痛感させる作品だと感じた。

私の故郷の作家に、火野葦平がいる。私の父との関係もあり、葦平の関係者と交流したり、火野葦平資料館に足を運んだりしているが、8月14日、NHKスペシャルで火野葦平と戦争との関わりについて描き出された。葦平は、「麦と兵隊」などの兵隊三部作で国民的作家となったが、戦後に公職追放された。軍によって戦争に動員され、戦意高揚のプロパガンダを担ったとされたからである。しかし、私自身が葦平研究を進める過程で、彼が真に伝えたかったことは戦争の悲惨さだったのだという確信を強くしていた。NHKスペシャルも同趣旨のトーンであった。

8月9日の深夜に放映された「朝まで生テレビ!」に14年ぶりに参加したが、その冒頭で日本人が先の戦争のことに関してあまりにも無知であるとのデータが紹介された。日本が最も長く戦った相手は中国であるが、このことを多くの人が知らない。日本人は、アメリカと戦争したという意識はあるが、中国とは戦争したという意識がなく、内戦のような認識で、それは「事変」といった言葉使いにも表れている。

しかし、中国人にしてみれば、日本が自分たちの国土に侵略してきて戦いを挑んできたのであって、戦争による様々な被害を受けたことは間違いない。また、戦争に動員され、中国に派遣された日本人にも多大の被害が出ている。火野葦平の小説の行間を読めば、日本人にとっても中国人にとっても、戦争がいかに悲惨なものであったかということがよく分かる。

戦後の為政者に必要なのは、そのような認識であり、二度と同じ愚を繰り返さないという決意である。そして、戦争の惨禍をもたらした政治指導者の責任についても、冷静な判断が必要である。政治は結果責任である。そのことの重要性を、今日の日本の政治家がどれだけ理解しているか。総選挙、参議院選挙と大勝した安倍政権に求められるのは、そのような政治という営みの残酷さに対する冷めた認識である。

福岡県出身の私の先輩政治家、広田弘毅と中野正剛の書が家に飾ってある。広田は、城山三郎の「落日燃ゆ」で描かれているように、東京裁判で弁解することなく、A級戦犯として絞首刑に処された。しかし、遺族は東條英機ら他の6人と同列に扱われることを嫌い、7人の骨灰が混ぜられた「遺骨」を受け取らなかった。広田弘毅の伝記の書名が、『黙してゆかむ』(北川晃二)、『秋霜の人』(渡邉行男)などとなっている所以である。

東條批判の急先鋒だったのが、中野正剛である。中野は、昭和18年1月1日の朝日新聞に「戦時宰相論」を掲載した。戦後、自由党総裁となる緒方竹虎は、修猷館で中野と共に学び、朝日新聞社にも共に就職していた。緒方が中野に執筆を依頼した。中野は、「難局日本の名宰相は絶対に強くなければならぬ。強からんがためには、誠忠に、謹慎に、廉潔に、而して、気宇壮大でなければならなぬ」と書いたが、自分が批判されていると思った東條は、元旦の新聞を読むなり、これを発禁処分にしたのである。

大政翼賛会に反対し、非推薦候補として当選する中野は、東條と正面から対決していた。前年の12月21日、中野は、日比谷公会堂で東條批判の大演説会を催したが、そのため、以降は公開演説会を禁じられる。そして、文章まで禁じられるに及び、命を絶ったのである。因みに、安倍晋三総理の祖父、安倍寛氏もまた、大政翼賛会を批判し、昭和17年の翼賛選挙には非推薦で出馬し、当選している。

このような先輩政治家の生き様を見ていると、国家、国民に対する責任感が、今の政治家に希薄ではないかと心配になる。繰り返し言うが、政治は結果責任である。

中国や韓国との関係改善を進めないままでは、日本の国際社会での権威は維持できない。隣国の主張がすべて正しいわけではないが、敗戦という結果になった先の大戦に至る歴史について、政治家はもちろんのこと、日本人皆が謙虚に振り返るべきであろう。尖閣、島を抱えながら、引っ越しのできない隣人との関係を前に進めるのは容易ではない。

しかし、経済関係をはじめ、双方の国益を共に利する道から包囲網を作っていくしかあるまい。お互いに相手に信頼される政治指導者の行動を積み重ねていかねばならないのである。日本も中国も韓国も酷暑に見舞われている。秋の涼風のような政治の決断が望まれる。

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