野球
二宮清純「甲子園のレガシー、商業高校の栄枯盛衰」

 高校野球に興味を持ち始めた少年時代、強豪といえば商業高校が相場でした。私の故郷の愛媛県では松山商(甲子園優勝は春2回、夏5回、以下同様)の天下でした。1969年夏決勝での三沢(青森)との延長18回引き分け、再試合の末の優勝は未だに、はっきりと記憶に残っています。

四国に“四商”あり

 四国における松山商のライバルは隣県・香川の高松商(春2回、夏2回)。徳島商(春1回)、高知商(春1回)も、全国にその名をとどろかせていました。

 1997年に四国新聞社が発行した『野球の島に四商ありて』という高校野球関連の書籍があります。著者の結踏一朗さんは結びに、こう書いています。
<永きにわたって4県それぞれのリーダー役を自負する「四商」――世に出た順に言えば高松商、松山商、徳島商、高知商こそ、その象徴である。「四商」が甲子園(大正13年春の名古屋・山本球場を含む)で決勝に進むこと24回、うち優勝14回。徳島商にいたっては第2次大戦中、文部省主催の“国営大会”ゆえに連綿と続く春、夏の大会史にカウントされない錬成大会優勝という特異な体験もしている>

 全国的にみても、大正から昭和40年代までは商業高校が高校野球をリードしていました。先の4校以外で優勝経験のある学校の名前を挙げてみましょう。

広島商(春1回、夏6回)、松本商(現松商学園、夏1回)、第一神港商(現市神港、春2回)、中京商(現中京大中京、春4回、夏7回)、県岐阜商(春3回、夏1回)、東邦商(現東邦、春4回)、愛知商(春1回)、浪華商(現大体大浪商、春2回、夏2回)、京都一商(現西京、春1回)、静岡商(春1回)、下関商(春1回)、岡山東商(春1回)、銚子商(夏1回)、浜松商(春1回)、伊野商(春1回)、佐賀商(夏1回)。