『半沢直樹』が証明してみせた"テレビ離れ"の本当の原因
TBS日曜劇場『半沢直樹』公式HPより

TBS日曜劇場『半沢直樹』の勢いが止まらない。視聴率は初回が19.4%。以後、第2話が21.8%、第3話が22.9%、第4話が27.6%、第5話は29%---。

「録画率が高まったので、もうドラマでは高視聴率は取れない」。そう口にするテレビマンが増えていたが、そんな考え方は間違っていたらしい。『半沢直樹』の視聴率は、録画機器の普及率が低かった昭和の時代と比べても遜色がない。1970年代の『時間ですよ』(TBS)や『寺内貫太郎一家』(同)とほぼ同水準だ。

どんな時代だろうが、面白いドラマは高視聴率を得ることを『半沢直樹』は証明した。パソコンやゲーム、スマホの出現も関係なかった。近年、視聴者のテレビ離れが指摘されていたが、それは単に魅力的な番組が不足していただけだったらしい。

既存作品の否定によって進化してきたドラマ

『半沢直樹』は今後のドラマ界の潮流も変えてしまうだろう。爆発的人気を得るドラマが登場すると、それまでのドラマは急速に色褪せてゆくものだから。

たとえば、バブル期の1980年代後半から90年代前半に台頭したトレンディドラマを失速させたのは、日本テレビの『家なき子』(1994年)だったと思う。フジテレビ『東京ラブストーリー』(1991年)に代表されるトレンディードラマは、恋愛至上主義で、登場人物たちの関心事はもっぱら異性だったが、『家なき子』は親子愛の尊さを見る側に突き付けた。恋愛至上主義の否定だ。

バブル期の恋愛観には、金銭的条件に左右されやすいという脆弱さがあった。拝金主義がピークに達していたころで、「三高(高収入、高学歴、高身長)」の男性が無条件にもてはやされていた。そこに登場した『家なき子』の主人公・すず(安達祐実)は、露骨に金に執着して、見る側に嫌悪感さえ抱かせたが、彼女こそ拝金主義がカリカチュアライズされた存在であり、バブルというものを体現していたのだ。見る側が嫌悪したのは、実は自分たちの生きている時代だった。

すずが本当に大切にしていたのは母親(故・田中好子さん)だ。母親もすずに無私の愛情を注ぎ、命懸けで彼女を守った。その親子愛の尊さは、三高などの条件に支配される恋愛とは次元が違った。恋愛至上主義が色褪せてしまうのも仕方がない。

非現実的な刑事ドラマを終わらせたのは、フジ『踊る大捜査線』(1997年)だろう。警察組織の仕組みやキャリアとノンキャリアの違いなどをリアルに描き、それによって、一人の敏腕刑事が事件を次々と解決するような非現実的ドラマは過去のものになった。テレビ朝日『相棒』(2002年~)の主人公・杉下右京も東大卒のキャリアであり、だからこそスーパーマンぶりにも一定の説得力が保たれている。

メッセージ性の弱いドラマを打ちのめしたのは、日テレ『家政婦のミタ』(2011年)だろう。大切な人を失って絶望した人間が、再生していく過程が鮮やかに描かれた。東日本大震災から約半年後の放送。被災者だけでなく、誰にでも大切な人を失った経験はあるはずだから、広く共感を集めた。このドラマの放送後、いわゆる「ハートフルな作品」なるものが陳腐化していった。甘ったるいだけに見えてしまうようになった。

ドラマは既存作品を否定することによって進化し続けてきた。リメイクのヒット作もあったが、当たるリメイクには、ほぼ例外なく抜本的変化が加えられており、単なる焼き直しではなかった。失敗の典型例は名作映画『砂の器』(1974年)のリメイクだろう。連続ドラマ、スペシャルドラマとして何度もリメイクされたが、一度として映画を凌いだ作品はない。リメイク版ではキャストや設定の一部が変えられたが、本質的な違いはなく、スケールダウンしただけ。それでは元祖版を超えられるはずがない。

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