医療・健康・食 ドイツ
予防接種の義務化を拒むドイツ人の"自己無責任論"
〔PHOTO〕gettyimages

ドイツで麻疹が流行っている。しかも、子供ではなく、大人が罹患する例が増えているようだ。今年は前半だけで、報告された感染数はすでに900を超えた。7月の初めには、ケルンの近郊で、麻疹の流行のために閉鎖になった学校も出た。世界的に見れば、麻疹は毎年14万人の死亡者を出している危険な疾病だ。

ドイツでの流行の原因は、予防接種をしていない人間が増えているかららしい。正確に言うなら、自分の子供に予防接種を受けさせない親が増えているということになる。突発的に患者が出ても、それが大きな流行にならないためには、全体の95%の人間が予防接種を受けている必要があるそうだ。去年、岡山県で5人の麻疹患者が出て、そのうちの4人が予防注射を受けていなかったが、それ以上の流行には至らなかったのは、日本の予防接種率が高いからだという。

ところが、現在、ドイツの麻疹の予防接種率はそれに達していない。ドイツでは麻疹の予防接種は義務ではない。案の定、前述のケルンの学校では、予防接種済みの子供は4人に1人しか特定できなかった。あとは受けていないか、何が何だかわからなくなってしまっているケースだ。

疾病誘発への恐怖心と、お上が決めることへの反抗心

ドイツでは、初めて予防接種を受けたときに、黄色い予防接種手帳が配布されるが、普通はそれを見れば、今まで受けた接種も、これから受けることのできる接種も一目瞭然で、手帳は一生、重宝する。しかし、ケルンの話から推察すると、この手帳を紛失してしまった人が結構いるらしい。免疫があるかないか疑わしいときは、とりあえずもう一度接種して、手帳を再発行してもらうほうが安心だろうと、私なら思うところだ。

ところが、麻疹の流行を見かねて、7月の初め、健康大臣が麻疹の予防接種を義務にしようと提案すると、ドイツでは意外な論争が巻き起こった。大臣は、「麻疹は感染率の高い危険な疫病である。予防接種を子供に受けさせないのは、子供に対してだけでなく、罹患した場合を考えれば、社会に対しても無責任である」と、私にしてみれば、当たり前と思われることを言っただけだったが、ドイツでは、それが当たり前ではなかった。

というのも、テレビで、「麻疹の予防接種を義務化することについてどう思うか」というインタビューを見ていたら、「義務にする必要はない」とか、「決定は個々に委ねるべきで、国は口出しをすべきではない」とか、それどころか、「私の子供にはさせない」という人が結構いたのだ。つまり、ドイツで予防接種を子供にさせない人間というのは、うっかり忘れてしまったケースもあるが、それを意識的に拒否した確信犯も結構いるということらしい。

確信犯にも2種類あり、1つは、予防接種で誘発される疾病を恐れて受けさせない場合。そして、もう1つは、お上が決めるということに対する反抗心からの拒否。

最初の、疾病を恐れて予防注射を受けないというのは、私に言わせれば、とてもドイツ人らしい。なぜなら、彼らは普段から、針の先ほどの危険も絶対に見逃さず、多くのことを怖がる人たちだからだ。

しかし、麻疹の予防接種では、実際に深刻な疾病が誘発される確率というのは、100万分の1よりもまだ少ないという。それに比べて、麻疹にかかってしまうと、1000人に1人は死亡する。だから、万が一どころか、百万が一の疾病を恐れて予防接種を受けないというのは、あまり冷静な判断ではない。

それに、予防接種を受けていない大人が麻疹にかかると、とてもひどいことになる。子供に比べて、死亡率も急増するそうだ。後遺症が残ることも多い。テレビのインタビューに出てきた小児科医も言っていた。「麻疹の予防接種を怖がって問題視する母親が、子供が風邪をひくことを恐れている。麻疹は風邪よりもずっと怖い病気だ」と。

さて、もう一つの理由、お上が決めることに対する反抗心であるが、これもまたドイツ人らしい。

ドイツ人、あるいは西欧人と言ったほうがいいのかもしれないが、彼らの国家に対する不信感は、日本人の比ではない。政府が国民の私生活に対して何かを強制するのは、絶対に良からぬことなのである。だから、「国の言いなりになって、何があるかわからない予防接種を子供に受けさせるなど、もっての外」と考える人々がいても、さほど不思議なことではない。

そういう信条で子供に予防接種を受けさせなかった確信犯は、60年代後半に学生運動をした世代に多いそうだ。当時は世界的に学生運動が盛り上がった。世代としては日本の全共闘世代ときれいに重なっている。だから、ちょうど彼らの子供たち、現在30歳から40歳ぐらいの人たちに、予防接種を受けていないケースが目立つという。この年で麻疹に罹患すると、酷い目に遭う。

また、そういう、免疫を持っていない女性が妊娠すると、赤ちゃんは、本来なら胎内で母親からもらうべき免疫を持たないまま生まれてきてしまう。赤ちゃんが麻疹の予防接種を受けるのは生後1年近くたってからなので、それまでのあいだ、小児科の待合室などで、感染の危険に晒されることになる。いずれにしても、あまりよくない。

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