特集 安倍政権第二幕
「経済最優先」の陰で首相のホンネとタテマエ

記者会見で笑顔で質問に答える安倍晋三首相=東京都千代田区の自民党本部で7月22日

 参院選の自民党圧勝で「衆参ねじれ」が解消し、安倍政権は長期政権をにらむ「第二幕」に入った。安倍晋三首相は参院選前に引き続き「経済最優先」で政権運営に取り組む方針を表明したが、政府・与党内には、首相が憲法改正などの「安倍カラー」政策を急いだり、消費増税の判断を迷ったりすることへの警戒感が消えない。首相の「ホンネ」と「タテマエ」をキーワードに、安倍政権の行方を占う。

 「優先順位」――。参院選の投開票後、与党の幹部が異口同音に強調したのがこの言葉だ。

 自民党の石破茂幹事長は7月21日夜のテレビ番組で「優先順位はおのずからある。国民が一番望んでいるのは経済の回復基調を確実なものにしていくということだ」。公明党の山口那津男代表も翌22日の記者会見で「優先課題として経済の再生、被災地の復興加速を訴えたことに対する信任であり、期待だ。今後は社会保障の充実ということも優先度をはっきり決めて実行してまいりたい」と語った。

 衆参両院で与党が過半数を得て最大の懸案だった「ねじれ解消」を実現したのだから、首相が正しいと信じる政策を堂々と進めればいいはずだ。それなのに政権の幹部たちがあえて「経済最優先」を強調し、その次の課題まで絞るのはなぜか。安倍首相のホンネが別にあることを察し、それが顕在化する前に機先を制して封印するためだ。

 安倍首相も記者会見で「きょうからが本当のスタート。とりわけ国民が求めているのは、全国津々浦々まで実感できる強い経済を取り戻すことだ」と宣言。秋の臨時国会を「成長戦略実現国会」と命名し、「大胆な投資減税」や「産業競争力強化法」の制定に最優先で取り組む方針を表明した。

 「経済最優先」は政府・与党の統一見解だ。安倍首相もこれ自体に異論はなかろう。ただ、来年4月に消費税率を現行の5%から8%に引き上げることにはなおためらっている。政府筋は「総理は財務省を信用していない。消費税を上げて景気が悪くなったらどうするのかと心配している」と漏らす。

会談に臨む(右から)石破茂自民党幹事長、安倍晋三首相、公明党の山口那津男代表、井上義久幹事長=国会内で7月22日

 日銀が異例の金融緩和に踏み切っても円が暴落しないのは、消費増税によって財政規律を守る国際公約があるからだ。しかし、消費増税によって景気が腰折れすれば、「経済最優先」の根幹が揺らぐ。首相の経済ブレーン、浜田宏一内閣官房参与(米エール大名誉教授)は「消費増税によって歳入が増えるとは限らない」と慎重論を唱えており、首相のホンネは消費増税の先送りではないかとの疑念が政府・与党内にくすぶっている。

 麻生太郎副総理兼財務相は参院選投開票前日の7月20日、主要20カ国・地域(G20)財務相・中央銀行総裁会議後の記者会見で「消費税を上げる方向で予定通りやりたい」と明言した。選挙に影響を与えかねないタイミングであえて増税方針を強調したのは、盟友の麻生氏が説得してもなお首相が首を縦に振らないからだ。細田博之・自民党幹事長代行も7月22日のテレビ番組で「この程度の消費増税ができないと示した瞬間に国際的な信頼が失墜してしまうのではないかと恐れている」と語った。

 安倍首相は「デフレ脱却・経済成長と財政再建の両方の観点からしっかりと判断する」とタテマエを繰り返すばかり。決断のリミットは秋。既成事実化を急ぐ麻生氏は「9月決断」を主張するが、首相周辺は「10月までじっくり考える」とけん制している。

 来年4月に8%に引き上げたとしても、再来年10月には10%への引き上げが待ち受ける。来春以降、景気が失速すれば、2段階目の増税が難しくなる。だからこそ、秋の臨時国会で投資減税など追加の成長戦略を打ち出し、景気を後押しすることで来春の消費増税を乗り切ろうとしているわけだ。

 しかし、投資減税がすぐに設備投資などの景気浮揚効果を生むかは未知数。環太平洋パートナーシップ協定(TPP)の交渉がまとまっても、経済的な波及効果が出るまでには時間がかかる一方、国内の農業振興にさらなる歳出が見込まれる。即効性のある成長戦略はなかなか見当たらない。

 橋本龍太郎政権が1997年に消費税率を3%から5%に引き上げた際は所得税・住民税の減税を先行させ、増減税を相殺させた揚げ句、翌年のアジア金融危機のあおりで景気が失速してしまった。法人税の最高税率を引き下げるなどの経済対策を打ったが、不況の歯止めにはならなかった。結局、98年夏の参院選で自民党が惨敗し、橋本政権は退陣を余儀なくされた。増税のタイミングが政権の浮沈に直結した事例だ。

 橋本政権を例に、浜田参与やみんなの党が盛んに「消費増税をしても税収は増えない」と主張しているが、政権自ら増税効果を抑える配慮までしたのに景気が悪化したというのが実態だ。内閣府幹部は「8%はできても10%は難しいかもしれない。消費増税をソフトランディング(軟着陸)させるのはまさにアート(芸術)の世界。シナリオを描けている人はだれもいない」と吐露する。

 そもそも、消費増税は財政規律を守るためだけでなく、年金・医療などの社会保障制度を持続可能なものにしていくのに不可欠。女性の社会進出や子育ての支援も強化し、少子高齢化に歯止めをかけなければ、金融緩和による見せかけのデフレ脱却はできても中長期の経済成長などあり得ない。

 経済の安定的な成長が長期政権の大前提となるはずだが、安倍首相の口から社会保障制度改革への熱意は伝わってこない。民主党政権の数少ない成果といえる児童手当(子ども手当)の拡充や高校授業料の無償化にも冷淡。民主党の唱える消費税による最低保障年金の導入論にも耳を傾けず、「民主党憎し」の姿勢ばかりが目立つ。

政権運営の成否を握る
「消費増税」「改憲」「歴史認識」

 目先の景気にとらわれ、消費増税の先送りに動けば、かえって政権は不安定化するだろう。安倍首相の思い描く長期政権の目標が人口構造や社会構造の再構築まで見据えた「構造改革」であれば、消費増税と経済成長を両立させる「アートの世界」に挑むしかない。だが、ホンネは「戦後レジーム(体制)からの脱却」であり、そのために目先の政権維持を優先させるかもしれないという疑念が消えないから、政権幹部から忠告が相次いでいるのだ。

 安倍首相にとって戦後レジームの象徴が憲法だ。首相は7月22日の記者会見で「腰を落ち着けてじっくりと進めていきたい」と急がない考えを示した。参院選では日本維新の会が橋下徹共同代表(大阪市長)の従軍慰安婦発言もあって伸び悩み、自民、維新、みんなの党の「改憲勢力」で改憲の発議に必要な3分の2以上に届かなかったのが大きい。公明党や民主党の一部などの穏健な改憲勢力を取り込むか、次の衆院選や参院選で改めて改憲勢力の結集を図らなければならなくなった。

 そのため安倍首相は、改憲手続きを定めた国民投票法の中で先送りされてきた問題点をまず整理し、18歳以上に投票権を付与する規定など、改憲へ向けた「環境整備」を先行させる方針を打ち出した。

 憲法96条の定める改憲の発議要件(衆参各院の全議員の3分の2以上)の緩和にも意欲をみせるが、公明党の反対姿勢が固いことから、記者会見では「まずは国民投票への整備をしていく。そのうえに96条(改正)をできればという考えだが、まずは3分の2の多数派を構成できるものは何かということも踏まえて考えていきたい」と慎重に言葉を選んだ。安倍政権は3年後の衆参同日選も視野に、自民党総裁任期の2期6年も射程に入る。安倍首相は野党再編の動きもにらみながら、時間をかけて改憲の好機を探る構えだ。

惨敗の選挙結果に厳しい表情の海江田万里民主党代表=東京都千代田区で7月21日

 参院選大勝の高揚感に包まれていた7月21日夜、安倍首相は「憲法改正については、一度に全部の条文を改正するのではなく、逐条的に国民投票に訴えていくわけだから、まずは、私たちとしては96条ということで話をしてきた。維新の会も同じ考えだ。その中で3分の2を形成できるかどうかについてさらに議論を進めていきたい」と述べ、維新との連携による96条改正に意欲を示した。公明党の反発が予想される発言だが、ここに首相のホンネが表れている。

 参院選では民主党が惨敗。維新とみんなも伸び悩み、「1強」となった自民党に対抗するには民主、維新、みんな3党の分裂・再編が必須の情勢だ。その際、96条改正に賛成する橋下氏ら改憲派主導の勢力が生まれれば、公明党の協力なしに改憲を加速できるかもしれない。逆に民主党主導で中道勢力が結集すれば、改憲の足かせとなる。野党再編の行方が改憲スケジュールに影響しそうだ。

 安倍首相は改憲の悲願を胸に当面、安倍カラー政策としては集団的自衛権の行使容認や国家安全保障会議(日本版NSC)の設置に取り組む方針だ。集団的自衛権の行使容認には公明党が反対しているが、日本周辺で自衛隊とともに行動している米軍の防護など、対象を限定することで折り合う見通しだ。米国との情報連携を強化するNSC設置と併せ、日米同盟強化によって中国に対抗していく。

 ただ、外交・安全保障面でも安倍首相のホンネが不確定要因となる。戦後レジームからの脱却は、米国からみれば戦後の国際秩序に挑戦する歴史修正主義と映る。過去の植民地支配と侵略を認めた「村山談話」を見直すかどうかは戦後70周年の再来年に先送りされたが、首相が今年、8月15日の終戦記念日か10月の例大祭で靖国神社に参拝すれば、中国・韓国との関係改善は遠のく。

 歴史認識問題で米国は必ずしも日本の味方ではない。日米基軸外交が首相のタテマエでないのなら、改憲と同様、靖国参拝も3年か6年スパンの課題と位置づけた方がいい。

 米国が今、最も危惧するのは、尖閣諸島を巡り中国の挑発的な行動によって日本と偶発的な衝突を起こり紛争に発展することだ。米国は「尖閣諸島は日米安保条約の適用範囲」との認識は公式に表明しているが、紛争は未然に防ぐ外交的な対応を日本に強く求めている。

 「消費増税」「改憲」「歴史認識」の3点で首相のホンネはどこにあるのか。そこに安倍政権第二幕の成否がかかっている。

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