読書人の雑誌『本』
『生き心地の良い町 この自殺率の低さには理由(わけ)がある』著:岡檀
ある旅の記録─起きなかったことの原因を求めて

 大学院に在籍していた五年間は、いかに文章を簡潔に書くか、つねにそのことで頭が一杯だった。学会発表に提出する抄録の文字数制限は六〇〇~一〇〇〇字、プレゼンテーションに許される時間は七~一〇分、そうした環境のもとで「冗漫」は無能と同義語である。

 私は恨めしい気持ちでいた。この調査と分析から知り得た、驚くべき(と、私が思っている)知見を報告するのに、どうすればこの文字数と時間内に押し込められるというのか。

 要点のみを並べ、修飾語と比喩を取り外し、ひらがなを漢字へ変換、改行をあきらめる。小さな袋が張り裂けそうになるほどぎゅうぎゅうに詰め込み、破れる寸前で止める、そんな技ばかりが身についていった。

 学術書ではなく一般読者向けの単行本を書き始めたとき、これでやっと思う存分表現できるのだと思い、水を得た魚状態になった。勇んで取り掛かったものの、五年の間に染みついた癖は容易には脱ぎ捨てられなかったらしく、しかも本人にその自覚が無かった。なので、編集部のA氏から「もっと字数を使っていいですよ」と言われたときには、

 いま、なんとおっしゃいました?
 と、聞き返しそうになった。

 A氏は言った。説明が濃縮され過ぎている。もっとゆったりと、字数を使っていいですよ。一般読者向けには断然そのほうがいい。

「ゆったり」という言葉の、この甘やかな響き―。久かたぶりに味わう感覚だった。

 あのあの、と、私は前のめりになりながら尋ねた。ゆったりでいいんですか、実は私もそうしたかったのです、もっともっと書き込みたいんです、修飾語も無制限でしょうか。A氏は笑いながら、「どうぞご存分に」と言ってくれた。なんと気前の良い人なのだろうと思った。

 このようなやり取りがあって、私の人生初めての著書、『生き心地の良い町―この自殺率の低さには理由(わけ)がある』は、書き進められた。

 この本では、自殺というテーマを取り上げている。

 ただし、同じテーマを扱ったこれまでの本と趣きが大きく異なっているのは、自殺危険因子=自殺の危険を高める要素について書いているのではなく、自殺予防因子=自殺の危険を緩和する要素とは何かについて語っている点である。つまり、自殺問題を従来とは対極の視点から眺めているのである。

 
◆ 内容紹介
徳島県南部の太平洋沿いにある小さな町、海部町(かいふちょう)(現海陽町)。 このありふれた田舎町が、全国でも極めて自殺率の低い「自殺“最”希少地域」であるとは、一見しただけではわかりようがない。この町の一体なにが、これほどまでに自殺の発生を抑えているというのだろう。 四年間にわたる現地調査とデータ解析、精神医学から「日本むかしばなし」まで多様な領域を駆使しつつ、その謎解きに果敢に取り組む。――生きづらさを取り除いて共存しようとした先人たちの、時代を超えて守り伝えられてきた人生観と処世術が、次々とあぶり出されていく。