読書人の雑誌『本』
『日本の深海』著:瀧澤美奈子
にぎやかな深海

 このところ、深海がブームだ。

 今年一月に、NHKが深海に棲む幻の巨大イカ・ダイオウイカの生きた姿を放映し、視聴率一六・八%(ビデオリサーチ調べ、関東地区)の反響を呼んだのに続き、七月からはそれに関連して国立科学博物館で深海展が開催される。ダイオウイカのフィギュアストラップのついた前売り券は発売後すぐに完売したというから、人気の高さがうかがえる。

 このたび筆者は『日本の深海』(講談社ブルーバックス)を刊行した。このことをまずは感謝したい。加えて、数年前から準備して執筆してきた本書を、期せずしてこのような時期に刊行できることを大変嬉しく思っている。

 日本の領土面積は世界第六一位にすぎないが、領海と排他的経済水域(EEZ)を含めた海の面積は領土の約一二倍、世界第六位である。これは海の関係者の間でよくいわれることで、海洋立国を標榜する根拠のひとつとなっている。

 なかでも今回筆者が注目したのは、日本のまわりの海がほとんど深海ということである。深海という言葉について、科学的に統一された定義はないが海洋生物学では水深二〇〇メートル以深、地質学では水深二〇〇〇メートル以深をさすことが多い。これに対して、日本の海がどれくらい深いかというと、最も深い伊豆・小笠原海溝の最深部は九七八〇メートルもあり、エベレストを海に沈めてもまだ届かないほどの深さである。

 さらに、そのような特に深い部分以外に目を向けても、水深五〇〇〇メートルより深い海域の海水の保有体積は世界第一位であり、日本は深海大国である。そして、その深海から聞こえてくる話が、ここのところにぎやかなのだ。

 筆者は二〇〇五年に有人潜水調査船「しんかい6500」に乗って相模湾の海底を訪れてからこれまでに深海の科学をテーマにした書籍を三冊書いたが、今回、改めて日本の深い海を科学の目で見つめてみたいという思いで筆をとった。

 日本の深海で注目すべきことはいくつかあるが、ここでは二つにしぼって紹介しよう。種類豊富な深海生物と、海底資源である。

 まず、日本近海には、たくさんの種類の深海生物が棲んでいる。黒潮が、世界一の海洋生物の宝庫である東南アジアの海からさまざまな生物を運んでくるため、日本のまわりはそもそも世界的に見て海洋生物の豊かな海である。加えて、太平洋側はとくに沖に出てすぐにストンと深くなる特徴のある海底地形が多く、そのような場所では陸からの栄養がとどく範囲に深海が存在する。

 これは大陸棚の広がる遠浅の海と比べてみるとよくわかる。遠浅の海では、陸からかなり離れた沖に出ないと深海と呼べるほどの深さにならないので、陸から河川をとおして運ばれる栄養が深海にまでとどかず、深海生物も少なくなりがちだ。逆に、沖に出るとすぐに水深が深くなるような急峻な海では、栄養が深海にまで行きわたり、海の表層から深海底まで深さに応じてさまざまな生物の棲める環境となる。この代表例が相模湾で、日本の魚種の四割がそこに棲んでいる。

 相模湾や、そのとなりの駿河湾のような深海には、サクラエビやテナガエビ、ノドグロなど、私たちの食卓に登場するものもいて、これらは身近な存在となっている。

 
◆ 内容紹介
日本は小さな島国で、領土面積は世界61位にすぎない。しかし領海と排他的経済水域を合計した面積では世界6位である。水深5000メートルより深い海域の堆積では世界1位というデータもある。つまり、日本は「深海大国」なのである。
身近にありながら、海面の下を見通すことができないために、深海は永く未知の世界であった。しかし、調査船などの進歩もあり、いま、深海は少しずつその真の姿を私たちの前に現している。深海大国・日本。ようやくわかりはじめてきた、その豊かで変化に富んだ海の姿を紹介する。