読書人の雑誌『本』
『宇宙はなぜこのような宇宙なのか』著:青木薫
科学者の色眼鏡

 わたしはこれまで四半世紀以上にわたって、ポピュラー・サイエンスを中心とする科学書の翻訳にたずさわってきたが、このたびはじめての著作『宇宙はなぜこのような宇宙なのか―人間原理と宇宙論』を、講談社現代新書の一冊として刊行していただくことになった。タイトルが示す通り、宇宙論の深い―素朴な、とも言える―問いかけをテーマとする本なのだが、全体を貫くキーワードとなっているのが、人間原理という、聞くからに怪しげな言葉である。

 人間原理とは、二十世紀の半ばに宇宙論の分野に登場した次のような考え方のことである。「宇宙がなぜこのような宇宙であるのかを理解するためには、人間にそなわるある種の特権性を考慮に入れなければならない」。

 まるで神が人間のためにこの宇宙を作ったのだと言わんばかりの、あからさまに人間中心主義的なその主張は、多くの物理学者の神経を逆なでした。宗教サイドからは、現代科学がついに神の存在を支持したとばかりに熱烈歓迎する声も上がり、それもまた物理学者の不快感をかきたてることになった。

 当然ながら、長らく白眼視されていた人間原理だったが、二十一世紀に入るころから、風向きが変わりはじめた。信仰を持つわけでもない普通の物理学者たちが、徐々に人間原理を見直すようになったのである。その変化の背景では、いったい何が起こったのだろうか?  

 本書の主旋律となるテーマは、人間原理という、およそ真っ当な科学とは思えないような主張が、そもそもどんな問題意識から出てきたのか、そしてなぜ近年風向きが変わったのかを、これまでの宇宙観の変遷をたどりながら描き出すことである。

 しかし本書にはもうひとつ、その主旋律に絡み合う対旋律のような、第二のテーマがある。

 科学の歴史を見ていくと、過去の重要な仕事について、その仕事がなされた当時と今日とで、大きく意味づけが異なるケースが少なくないことに気づかされる。少なくないどころか、むしろそれが普通なのではないか、とさえ思えるほどだ。科学の転回点となるような重要な仕事であっても、後世、的外れな理由で称賛されたり、貶されたりしているのである。そうしたケースに共通しているのは、現代人の目からは、仕事がなされたときの問題意識が見えにくくなっていることだろう。

 なぜ見えにくくなるのだろうか? トマス・クーンは、パラダイム・シフトという考え方を使ってその理由を説明した。

 
◆ 内容紹介
科学書の名翻訳で知られる青木薫、初の書き下ろし!
「この宇宙は人間が存在するようにできている!?」かつて科学者の大反発を浴びた異端の考え方は、なぜ今、支持を広げているのか。
最新宇宙論の世界で起きつつあるパラダイム・シフトの全貌をわかりやすく語る、一気読み必至のスリリングな科学ミステリー。