第42回 ポール・ゲティ(その二)
妻子を置き去り、油井を廻る---五度の離婚に彼が費やした時間

 ポール・ゲティは、五回結婚し、五回離婚した。

父は、離婚することにいつも反対だった。父の生存中、私は三回結婚し二回離婚した。父の死の直前、三回目の結婚もすでに破綻を迎えていた。父の意見によれば、私が無責任すぎるというのだ。/母は、私が四回失敗したあげく、五回目の結婚をするまで生きていた。母の意見だと、あまりにも年下の女と結婚したのが間違いだったという。たしかに相手はいつも十歳から二十歳年下だった」(『石油王への道―世界一の富豪 J・ポール・ゲティ回顧録』青木栄一訳)

 ゲティは母の言葉は正しいと認めたものの、それなりの言い訳を用意していた。彼は三十一歳まで独身だったために、同年配の女性たちはすでに既婚者になっていたから、どうしても若い女性を娶らなければならなかった、というのである。

 最初の妻、ジャネット・デモントは、美しい黒髪をたくわえた、活発な美女だった。

 知り合ってしばらくした後、一九二三年十月、ゲティは柄にもなく、ジャネットとカリフォルニアのベンチュラに駆け落ちしたのだ。

 そしてロスのウィルシャー通りに、家を借り、新婚生活をはじめた。ジャネットは妊娠し、男の子―ジョージ―を産んだ。

 ゲティは、家庭を設けたものの、仕事のスタイルを崩す事はなかった。カリフォルニアやオクラホマ、ニューメキシコの油井を廻り、現場の技術者たちと議論した。油井の掘削がはじまれば、泊まり込みで工程を管理した。妊娠中の妻を、その土地に連れていくことはしなかった。「所帯を持ったからといって、これまでの生活を変える事はできない」というのが彼のモットーだった。

 ゲティは強い性格の持ち主だったが、残念ながら、ジャネットも、強い女だった。
「結婚生活」の理想に忠実で、夫婦とは、かくあるべきだ、と思い込んでいた。

 しかも、大変に嫉妬深かったのである。
 レストランなどで、女性に挨拶をするだけで、ジャネットは、不機嫌になった。

「今、あなたが手を振ったブロンドのあばずれは、あなたとつきあっていたんでしょう」
と柳眉を逆立てた。

 ゲティは、納得できるよう事情を話したが、説明すればするほど、ジャネットは不機嫌になり、耳を貸そうとしなかった。