社会保障・雇用・労働
経済成長を左右する5つの要因。日本が成長するための秘策とは?
いま優先すべきは「子育て支援」【第2回】

【第1回】はこちらをご覧ください。

経済成長を左右する5つの要因

 安倍政権とその意向を受けた日銀による、インフレターゲットを主とした「金融政策」は、物価と賃金の同等な上昇(名目GDPの上昇)をめざす形で実施されており、今のところはうまくいっている(ように見える)。しかし、私たちの生活が物質的にさらに豊かになるには、物価の上昇以上に、賃金が上昇しなければならない。そのためには、「実質GDPの上昇」(経済成長)が必要だ。だから私たちは、もし物質的な豊かさを求めるのであれば、経済成長をめざさなければならない16

 経済成長をめざす安倍政権の「成長戦略」は、「規制緩和などによる民間投資の促進」を主軸としている。しかし同時に、政権は、「一体改革」も並行して行うことになっている。

 では、「高齢者福祉は並レベル、子育て支援は低レベル」という一体改革は、はたして経済成長を促進するのだろうか? それとも抑制してしまうのだろうか? 抑制してしまうのだとしたら、一体改革をどう改善したらよいのだろうか?

 ここで、筆者が独自に行った統計分析の結果を紹介しよう。分析では、「経済成長率」(一人当たり実質GDPの対前年上昇率)を左右するのはどういう要因なのか、を検証した。データは、日本を含む先進18ヵ国の2000~2009年の国際時系列データを用いた17。分析の結果、経済成長を左右するとみられる要因(の効果)として、主につぎの5つが見いだされた18

16. ただし、「経済成長をめざすことよりも、経済が成長しない場合に備えた準備のほうを優先すべきだ」という考え方もありうる。その場合は、以下の文章を読み飛ばして、「増えてきた子どもの貧困」の節から読み始めていただきたい。
 
17. 人口構成や経済条件、税制、教育、社会保障、過去の経済成長率をコントロールした(一部は前年値や前々年値を使用)。推定法は、年ダミーと国特有線型時間傾向を含む一階階差の動学的一般化積率法推定(各独立変数の「逆因果による内生性」は操作変数によってできるかぎり除去される)。データは、OECD, .Stat, 2013とWorld Bank, World Development Indicators, 2013。「Sarganの過剰識別制約検定」の有意確率は0.79、「Arellano-Bondの系列相関検定」の2次系列相関の有意確率は0.75となったため、「一定条件下での操作変数の不適切性」や「誤差項の系列相関」は差し当たり見られない。
 
18. ただし、あらゆる統計分析と同様に、「逆の因果」や「第三変数による擬似相関」は含まれうる。有意水準は1%。本文に挙げた5要因については、日本ダミーとの交互作用効果を検定し、日本において5要因の有意傾向が打ち消されないこと確認した。また5要因の他にも、「前年の一人当たりGDP上昇率-」「(同年の)年少人口割合-」「個人所得税・社会保険料の累進性+」「児童一人当たり初等教育支出+」「前々年の学生一人当たり高等教育支出+」「年金以外の高齢者福祉現金給付+」「高齢者福祉現物給付(主に介護)-」「障害者福祉現金給付-」「遺族福祉現物給付+」「住宅補助-」といった要因が検出された。「-」は経済成長率を有意に下げ、「+」は有意に上げることを示す。なお障害者福祉・遺族福祉・住宅補助は、貧困者の生活保障として機能する限りは、削減すべきでない。

(1)「政府による老齢年金支出19」が増えるとき、(同年の)経済成長率が下がる

 この傾向には、つぎのような擬似相関や因果関係が含まれている可能性がある20

 まず、退職者が増えれば、老齢年金(日本では国民年金・厚生年金・共済年金)の給付額が増えると同時に、労働力人口が減る(または新規採用・中途採用が増えて労働生産性が一時的に下がる)ことで、経済が停滞してしまうと考えられる。よって、退職者数という第三変数によって、老齢年金と経済成長率との間に「擬似相関」(直接の因果関係に拠らない相関)が生じうる。

 しかし擬似相関だけでなく、因果関係も含まれている可能性がある。まず、老齢年金が減れば、高齢者労働力人口が増えることにより、経済成長率が上がる可能性がある21

 また、老齢年金は、その年の現役世代から年金保険料として徴収され、その年の高齢者に給付される(賦課方式22)。その際、給付額の一部は、現役時代の所得に比例しているため、老齢年金は「富裕層」により多く給付される。富裕層(=高資産)の高齢者は、一般的に消費性向23が低いだろう。その結果、現役世代が消費するはずだったお金の一部が、高資産高齢者の貯蓄や海外投資などに回ることになり、結果として消費が鈍ってしまうだろう。これも、経済停滞の一因になると考えられる24

(2)(保育サービス拡充などによって)「女性労働力率25」が上がると、翌年の経済成長率が上がる

 女性が働くようになると、労働力人口が増えるとともに、家事関連産業の市場も拡大するだろう。また、第三次産業化と市場流動化が進んだ今日では、人材の多様性が重要であるため、女性の労働参加は、人材多様性を高め、労働生産性を高めるだろう26。その結果、経済が成長すると考えられる。

19. GDPに対する比率(%)。以下の支出も、とくに注記のない場合は、すべて対GDP%である。
 
20. ただし、「経済成長率が上がると、GDPが増えるため、GDPに対する老齢年金支出の割合は小さくなる」という逆方向の因果関係が(分析過程でできるだけ除去したがまだ)含まれている可能性もある。注17を参照。
 
21. 年金受給額が小さい高齢者ほど就労する傾向があることは、すでにミクロ統計分析によって示されている(清家篤・山田篤裕「引退決定過程に及ぼす社会保障・雇用制度の影響にかんするハザード分析」『三田商学研究』第41巻第4号、1998年。山田篤裕・清家篤「高齢者の再就職過程に及ぼす社会保障・雇用制度の影響」『三田商学研究』第44巻第1号、2001年)。ゴールドマン・サックスの推計によれば、2025年までに日本の女性労働力率が米国の水準にまで上がると、それによって潜在GDP成長率は1.2%から1.5%にまで上がり、さらに男性退職年齢を60歳から70歳へ引き上げれば、同成長率は1.6%にまで上がるとみられる(The Goldman Sachs Group「ウーマノミクス――日本の含み資産」2005年、5、14~15頁)。実際に欧米では年金支給開始年齢を、アメリカでは67歳に、イギリスでは68歳に、ドイツでは67歳に引き上げる予定である。
 
22. 現役世代が主に支払う社会保険料が、同時期の社会保険給付としてすぐに使われる方式。その逆が「積立方式」(各世代内で社会保険料を積み立てて、積立金はその世代のみに対して給付される方式)。
 
23. 可処分所得のうち消費に使われる割合。一般に、富裕層よりも貧困層のほうが消費性向が高い。2009年の総務省「全国消費実態調査」データでは、高齢世帯は現役世帯よりも消費性向が高いが(内閣府『地域の経済2011』第3章第3節参照)、富裕層の高齢者は、消費性向が子育て世帯一般よりも低いと考えられる。
 
24. 理論的な経済モデルによっても、「就業人口の増加率が利子率よりも低いならば」(日本では2000年代が該当)という条件つきではあるが、「老齢年金保険料が増えると家計消費や資本蓄積が減る」というメカニズムが指摘されている(小塩隆士『社会保障の経済学[第3版]』日本評論社、2005年、123~130頁)。
 
25. 労働力人口(被用者+失業者)に占める女性労働力人口の割合。
 
26. 日本企業でも、女性の人材活用が進んでいる企業ほど、生産性が高い傾向にある(川口章「女性の離職率・均等度・企業業績」労働政策研究・研修機構編『仕事と家庭の両立支援にかかわる調査』、2007年。山口一男「労働生産性と男女共同参画」RIETI Discussion Paper Series 11-J-069, 2011)。またIMFの世界経済見通し(WEO)の推計によれば、日本の女性労働参加率がG7レベル(日伊以外)にまで上がれば、一人当たりGDPは恒久的に約4%増、北欧レベルにまで上がればさらに4%増となり、潜在的GDP成長率はそれぞれ0.2%増、0.4%増となるとみられる(C. Steinberg and M. Nakane, “Can Women Save Japan?" IMF Working Paper, 2012)。

(3)「児童手当」が増えるとき、経済成長率が上がる

 子育て世帯は、子育てをしていない高所得世帯よりも、消費性向が高い。よって、児童手当によって、高所得世帯から子育て世帯に所得が移転されると、消費が増え、市場が活性化する。その結果、経済が成長すると考えられる。

(4)「自殺率27」が高まるとき、経済成長率が下がる

「経済成長率が上がると(失業が減るなどして)自殺が減る」という「逆の因果関係」が想定できるかもしれない。しかし、筆者の分析では、逆の因果関係はできるかぎり除去してある。また、自殺率の規定要因を分析してみると、経済成長率は自殺率に対して(偶然を上回る)効果を示さなかった28。そのため、逆の因果関係よりもむしろ、つぎのような擬似相関や因果関係を想定する必要がある。

 まず、自殺率は、「社会環境・労働環境の悪さ」を反映しているだろう。そのため、社会環境・労働環境が悪化した場合には、自殺率が上がると同時に、労働生産性が下がり、経済が停滞してしまうと考えられる(擬似相関)。また、自殺者が増えると、就業人口やその家計所得が減るため、GDPの増加が鈍ってしまうとも考えられる(因果関係)29。よって、自殺予防のために、社会環境や労働環境を改善することは、労働生産性の上昇と自殺率の低下を経由して、経済成長率の上昇につながると考えられる。

(5)「政府による開業奨励金支出」が増えると、翌年の経済成長率が上がる

 開業奨励金によって開業がしやすくなり、多様な働き方が容易になると、労働力人口が増え、労働生産性も高まるだろう。それにより、経済が成長すると考えられる。

 統計学的に推定すると、経済成長率に対するこれらの要因の「効果」30が、「ただの偶然」によって生じた確率は、わずか1%未満だった。つまり、それらの「効果」は、少なくとも2000年代の先進諸国では、「ただの偶然」によってではなく、「何らかの因果関係」によって、生じていたと考えられる。そのため、今の2010年代においても、これらの要因は、ひきつづき経済成長率を左右する可能性が高いだろう。

 では、2000年代の日本では、これらの要因は、それぞれどの程度、経済成長率を左右したのだろうか? そこで、各要因の影響規模を、各要因のデータと効果(係数)から計算して、グラフにまとめてみよう。図4がその結果だ31

27. ここでは、高齢化の影響を取り除くため、「人口の年齢構成を統制した自殺率」を用いている。
 
28. 筆者の分析による。なお、自殺率に対して有意な効果を示したのは、「離婚率+」と「職業訓練支出-」であった。詳細は別の機会で紹介したい。
 
29. 国立社会保障・人口問題研究所の推計によれば、「日本の自殺者数が、2010年から10年間、1997年以前の水準(年間2.1万人)で推移するならば、2000年代水準の3万人で推移する場合と比べて、(就業人口や家計所得が増えることなどにより)GDPは10年間累積で約4兆6千億円増える」という(金子能宏・佐藤格「自殺・うつ対策の経済的便益(自殺・うつによる社会的損失)の推計」2010年)。
 
30. ただし上述のとおり、この「効果」には「擬似相関」や「逆の因果」も含まれうる。
 
31. 経済成長率は「一人当たり実質GDPの対前年上昇率%」。分析方法は注17と注18を参照。1%水準での有意係数とすべての年ダミーの係数を使って、予測値を計算。前年値と実測値の相関係数は0.62なのに対して、予測値と実測値の相関係数は0.94。
図 4 日本の経済成長率(%)の要因分解(2002~2009年)
「その他の要因」「中所得者税率」以外では、「老齢年金」「高齢者福祉現物給付(介護など)」「女性労働力率」が、経済成長率に比較的大きな影響をもたら していると考えられる。そして、そういったいろいろな要因の影響を加算して得られる「予測値」は、実際の経済成長率(実測値)にかなり近く、一定の説明力 を発揮している。

 図4での棒グラフは、各要因によって生じたとみられる「経済成長率の上昇幅または下降幅」を計算し、棒の中に積み上げたものだ。「上昇幅」は「0」よりも上方向に積み上げ、「下降幅」は「0」よりも下方向に積み上げている。

 また、それらの積み上げの合計値(上昇幅-下降幅)を「予測値」といい、点線の折線グラフで描いている。実際の経済成長率は「実測値」といい、実線の折線グラフで描いている32

 この2つの折線グラフを見れば一目瞭然だが、各要因から計算された予測値は、実際の経済成長率(実測値)にかなり近くなっている。つまり、各要因は日本の2000年代の経済成長率を、かなり説明できるということだ。

 この図4によれば、先述の5つの要因のなかでは、日本の経済成長率への影響規模は、(1)(老齢年金)が圧倒的に最も大きい。それ以外の(2)~(5)では、(2)(女性労働力率)がやや目立つものの、現状ではどれも影響規模がまだ小さい。

 つまり日本では、女性労働参加・子育て支援(保育サービスと児童手当)・自殺予防がまだまだ小規模であるため、それらによる経済成長も、いまだ小規模なものにとどまっているとみられるのだ。

32. 棒グラフに描かれた「残差」は「実測値と予測値のズレ」。
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