志賀俊之COOインタビュー---しぶとくなった日産はいかにして踊り場から脱出するか
日産の志賀俊之COO [Photo] GettyImages

 2013年3月期決算では日本の自動車メーカーが業績を伸ばした中で、日産自動車だけが減益となった。その主な要因は、世界NO.1とNO.2の自動車市場である中国と米国の事業で減益となったからだ。

 1999年3月に仏ルノーから資本を受け入れ、カルロス・ゴーン氏が経営トップに就いて以来、驚異の業績回復を遂げ、他社に先駆けて新興国の開拓や電気自動車(EV)の積極的な市場投入にも取り組んできたが、社内に少し油断も見え始めた。日産は今、次の躍進に向けての「踊り場」に立たされている、と言えるだろう。

 こうした状況下で、日産の抱える課題や将来戦略について、日本人トップである志賀俊之最高執行責任者(COO)に聞いた。

2012年度の実績は計画値を大きく下回っている

---国内自動車メーカーの中では唯一の営業減益となり、業績が少し停滞しているように見えます。

「リバイバルプラン(2000年度~2002年度、1年前倒しで2001年度までに計画達成)では大規模なリストラによって業績の回復を遂げ、次の中期経営計画『日産180』(02年度~04年度)ではグローバル販売を260万台から一気に360万台にまで増やしました。実はその後、販売が伸び悩むなどして06年度は7年ぶりの営業減益でした。私のCOO就任が05年でしたから、当時、わずか1年で更迭かと言われたほどです。自動車産業のように競争が激しいビジネスはいつも順風満帆とはいきません」

「そして販売がやっと400万台に到達したのが10年度でした。リーマンショックや大震災の影響も受けましたが、12年度は491万台まで販売を伸ばしました。しかし、これは我々が掲げた目標(535万台)を大きく下回っています。ここが問題です。計画値を下回った要因は、4割が尖閣問題に影響を受けた中国での販売減など外的要因ですが、残り6割は甘い計画値を作り、販売競争で負けたことなどによる内的要因です。尖閣問題のせいにしていたら経営課題の本質は見えてきません」

---この内的要因とはどのようなことですか。

「回復している米国市場で、『アルティマ』や『セントラ』など多くの新車を仕込んで市場投入しました。その際に、迅速な新車プロジェクトの立ち上げ、生産拠点の変更、約5000人の新規雇用など大きな挑戦を掲げましたが、結果として、新車の供給がもたつき、競合メーカーに売り負けました。2012年度は米国で25%の販売増を掲げていましたが、日産は多くの新車を投入したのにもかかわらず、販売の伸びは5.4%に留まり、全需の伸び率(11.6%)の半分にも到達しませんでした」

「かつての日産であれば挑戦することさえもあきらめていたでしょう。挑戦したことは評価してもいいですが、企業である以上、成果を出さなければならないので、上手にやりぬく力が日産には足りなかった。ここが問題だと思っています」

この続きは、プレミアム会員になるとご覧いただけます。
現代ビジネスプレミアム会員になれば、
過去の記事がすべて読み放題!
無料1ヶ月お試しキャンペーン実施中
すでに会員の方はこちら