奥村隆「息子と僕のアスペルガー物語」【第34回】 先輩に「あなたの仕事の技量が低いことが問題です」と発言した

2013年07月06日(土) 奥村 隆
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仕事の能力は最高だが、人間関係を構築する力は最低

 これまでいくつかのテレビ局を渡り歩いてきた理由も、そんなS君らしいものだった。職場にいづらくなるきっかけは、他部署の人のメンツを潰したとか、上司の言うことを頑なに聞かなかったなど、社内の人間関係のこじれによるものだった。

 そうやって組織内で摩擦を起こしているうちに、頭痛や腹痛、発熱などの症状が連日のように起こって出社が難しくなり、辞めざるを得なくなる。それがお決まりのパターンだった。

 しかし、その一方で、彼は取材先からのクレームや、放送内容の問題で辞めたことはまったくない。S君を採用するときに簡単なリサーチをした担当者からも聞いたのだが、こと番組の制作という仕事に関する限り、彼はどの職場でも、おそろしく真摯な姿勢で積極的に臨んでいたようだ。

 取材を申し込む個人や組織に対しては、先方が取材を受けることによって被る可能性がある問題をすべて、あらかじめ徹底的に説明するのがS君の流儀だった。もちろん、番組の構成や、その中で相手への取材内容をどう使う予定かについても、その時点でわかっている限りのことを説明する。

 だから彼は、放送後に「そんな内容の番組だとは聞いていなかった」といったクレームを受けたことは一度もない(残念ながら、テレビ番組の制作に当たっては、その種のトラブルがときどき生じる)。それどころか、他の記者やディレクターには口を開かなかった取材先からS君が大きな信頼を寄せられ、普通では撮れないような映像を撮らせてもらえたことも度々だったという。

 人物のインタビューに当たっても、事前の勉強は完璧だし、段取りにもまったく隙がない。しかも、インタビューは必ず1時間半以内に終わらせて、そのすべてを記憶しているから、放送したリポートに情報の誤りは絶対にない。

 そうなれば、1人で仕事をしている限り、S君がプロとして信頼されるのも当然だ。話を聞きながら、彼のテレビ制作者としての能力は抜群だと僕は改めて感心した。

 しかし、職場での人間関係は仕事とは別だ。S君はただでさえ他の職種や部署の人と軋轢を起こしがちで、しかも1人で良い仕事をすれば、ときに周囲から妬みも受ける。同僚や上司と飲みにも食事にも行かないので、「協調性がない人間」「得体が知れない奴」「何を考えているのかわからない変人」などと悪く言われる。

 そんな職場の風評など無視して仕事に邁進すればいいのだが、S君の場合、そう言われると、「協調性がなくて私はあなたに迷惑をかけていますか」「私が何を考えているか、なぜいちいちあなたに言わなきゃいけないんですか」などと正面から言い返す。その結果、人間関係がさらに悪化してしまう。

 そんなS君の話を聞いているうち、僕の脳裏に、大学時代、Numbers研究会というサークルで一緒だったYという男が苦闘する姿が浮かんできた。大学を出て金融機関に就職したYは、誰もが羨む優秀な頭脳を持ちながら、ASDを抱えるがゆえに、組織内の人間関係をスムーズに構築することができなかった。

 職場を転々としたものの、どこでも「人の気持ちに配慮しない言動」を繰り返し、嫌われ、無視され、常に浮いた存在となってしまう。その結果、現在は1人でデイトレーダーをしている(第18回参照)。ただし、優秀な能力のおかげでかなり稼いで良い暮らしをしているそうで、そのことについては僕もホッとしている。

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