野球
二宮清純「阿波野秀幸VS西村徳文 ミクロの攻防」

 近鉄、巨人、横浜で活躍した阿波野秀幸さんは、通算75勝のうちの実に58勝を入団から4年間であげています。全盛期、ムチのようにしなる細身のサウスポーは躍動感のかたまりでした。

 ルーキーイヤーの1987年、15勝12敗、防御率2.88で新人王と奪三振王に輝きました。2年目の88年も14勝12敗、防御率2.61と素晴らしい成績を残しました。

勝負を分けたエースの起用法

 キャリアハイは3年目。19勝8敗、防御率2.71で最多勝のタイトルを獲り、チームを9年ぶりのリーグ優勝に導きました。日本シリーズでは3連勝からの4連敗で巨人の軍門に下りましたが、当時、近鉄の投手コーチをしていた権藤博さんは「もし4戦目に阿波野を使っていたら、近鉄が日本一になっていた可能性が高い」と語っていました。

 実は権藤さん、シリーズが始まる前、監督の仰木彬さんに「第1戦、第4戦、第7戦はエースの阿波野でいきましょう。仮に4戦でやられても7戦で勝てるでしょう。阿波野ならシリーズで2勝できます」と進言していました。

 しかし3連勝した時点で、仰木さんは当初の方針を変更しました。慎重を期して阿波野さんを5戦目に起用したのです。しかし、これは失敗に終わりました。一度、失った流れを短期決戦で取り戻すことは困難です。

 このシリーズ、第3戦で勝利投手になった加藤哲郎さんの「巨人はロッテより弱い」という発言ばかりがクローズアップされましたが、勝負を分けたのはエースの起用法でした。