急がれる地下空間の防災
南海トラフ、首都直下の大地震、豪雨に備えよ[地下を守れ]

東京メトロ半蔵門線(左)と都営新宿線のカベが撤去された九段下駅ホーム。地下鉄駅の震災と水害への対策が進められている=東京都千代田区で3月16日(記事とは直接関係ありません)

 西日本から東海地方まで広範囲にわたる津波による甚大な被害が想定されている南海トラフ巨大地震や、首都直下地震の被害想定が相次いで出され、さらに最近の異常気象による大水害なども合わせて都市部の地下鉄網や地下街で浸水の危険性が叫ばれている。実際に東日本大震災(11年3月11日)では、宮城県のJR仙台駅と仙台空港を結ぶ仙台空港鉄道「仙台空港アクセス線」(7・1キロ)が津波の直撃を受け、空港駅の運輸指令機器がすべて損壊したほか、滑走路下のトンネル区間も水没し、全線開通までに半年かかった。脆弱な地下空間の防災対策が急がれている。

 東京都心の地下鉄網は、東京地下鉄(東京メトロ)が9路線、195・1キロ、都営地下鉄が5路線、109キロの計304・1キロある。文字通り網の目のように路線が走っている都心の地下鉄の3分の2を担う東京メトロの年間輸送人員は22億7759万人と地下鉄としては世界2位。今首都直下型地震や津波、水害など自然災害への備えの強化を急いでいる。

 東京メトロは全179駅あり、都営の駅も含めると、23区内では「立っている場所から東西南北どの方向にでも、1キロ歩けば地下鉄の駅がある」といわれる。最も深い駅は千代田線の国会議事堂前駅で、入り口から37・9メートルの深さとなっている。

 首都・東京は、下町を中心とした広大な海抜ゼロメートル地帯を抱え、地震による津波や洪水による浸水被害が心配されている。地下鉄の浸水被害について、国の「中央防災会議」が2009年1月に「荒川堤防決壊時における地下鉄等の浸水被害想定」というシミュレーションを公表している。地下空間の浸水被害について、具体的に被害想定をまとめたのはこれだけだ。

荒川堤防決壊で大被害想定

 このシミュレーションは、荒川流域で200年に1度の洪水と1000年に1度の洪水を想定した。200年に1度の洪水では、3日間の流域平均雨量が約550ミリだった1947年の「カスリーン台風」並みのもので、1000年に1度の洪水は、同680ミリだった1910年の大雨による荒川堤防決壊時並みとした。この二つの洪水による堤防決壊地点を東京都北区志茂と足立区千住、墨田区墨田の3カ所と設定。さらに水門やポンプ場といった排水施設が機能していないという状況で推計した。

 それによると、北区と足立区で決壊した場合には、東京メトロ南北線と千代田線、日比谷線などから氾濫水が流入し、水は都心方向へ向かう。大手町や銀座などでは地表よりも数時間早く流入し、駅が改札フロアまで水没するとした。さらに、赤坂や六本木など標高の高い山の手地域の駅でも、地表面は浸水しないものの、線路が冠水するレベルまで氾濫水が到達すると予想している。かなり内陸部まで被害が広がるわけだ。一方、墨田区で決壊した場合には、都心の駅は浸水する可能性は低いものの、東京メトロ東西線と有楽町線、半蔵門線、都営新宿線のうち、主に隅田川の東岸である江東区と墨田区にあるほとんどの駅が水没するとされた。

 これらの被害想定は、トンネルの入り口や駅の地上出入り口の止水対策を09年当時のままとして、地表から高さ約1メートルまで止水板を設置した場合だ。これらの入り口の大部分をふさぐような止水対策をした場合には、少なくとも水没状態の駅はなくなると推定されたほか、浸水範囲を狭めたり浸水するまでの時間を遅らせることができるとされた。

 被害想定でモデルとされた「200年に1度」と「1000年に1度」という二つの洪水は、実際にどのような被害をもたらしたのだろうか。

 200年に1度の洪水のモデルとなった「カスリーン台風」は、本州の南海上を北上して房総半島沖を通過。本州南岸に停滞していた秋雨前線を刺激して荒川と利根川の上流域に記録的な大雨をもたらした。台風が通過した47年9月13日から15日までの総雨量は、荒川水系上流の埼玉県秩父市で611ミリ、利根川水系上流の栃木県日光市で466・5ミリに達している。荒川は埼玉県鴻巣市と熊谷市で先に堤防決壊が発生したため、都内で決壊した地点はなかったが、利根川は埼玉県大利根町で決壊。江戸川や中川などの旧利根川の流路に沿って氾濫水が南下し、都内数カ所で堤防が決壊した。浸水域は足立区と葛飾区、江戸川区などに広がり、浸水家屋数は約38万戸に上った。

 一方、1000年に1度の洪水とされた1910年8月の洪水も台風の接近によるものだった。荒川・隅田川の堤防が各所で決壊し、山手線の東側に広がる下町低地のほとんどが浸水したとされる。記録によると、堤防決壊箇所は7000カ所以上、浸水家屋は約51万戸に達したとされる。

 荒川・隅田川流域では、カスリーン台風以降60年以上、本流の堤防が決壊するような大規模な氾濫は起きていない。しかし、この60年間に堤防の内側の土地利用は大きく変貌した。低湿で農地や干潟が広がっていた地域は、堤防の整備や埋め立てによって、コンクリートで固めた下町の住宅地へと変わった。

 一方で、都心では土地の高度利用を図るため、地下利用が進んだ。その結果、地下の浸水という従来の水害では想定されていなかったビルの地下の浸水被害などが、頻発するようになっている。最近では増加傾向にあるゲリラ豪雨などの短時間の集中豪雨で、その危険性がさらに増している。コンクリートで固められた地表から排水できなくなった雨水が地上から流れ込んで、地下を水没させる水害も発生している。

 さらに地震による津波の地下浸水もクローズアッブされている。東京都が昨年4月に見直した「首都直下地震」の被害想定では、元禄型関東地震(1703年、M8・1の海溝型)による津波を、東京湾平均海面を基準に最大2・61メートルと想定した。東京湾の防潮堤の高さは3・5メートル以上あるが、防潮堤や海岸護岸が巨大地震で壊れたり、液状化現象で沈下する可能性もある。さらに河口にある水門や鉄扉が計画通り閉められなければ津波が川を遡上する恐れもあり、国の09年のシミュレーションが、現実のものになる可能性もある。「津波は大雨による浸水などより破壊力があり、地下の被害は拡大する」と警鐘を鳴らす専門家もいる。

 また、都は今年5月、南海トラフ巨大地震による被害想定を公表した。それによると、島しょ部で津波による犠牲者が多数出るほか、23区や多摩地域も広い範囲で強い揺れに襲われる危険性を示した。伊豆諸島と小笠原諸島の多くの島には地震発生から数十分で10~20メートル級の津波が襲うとされ、東京湾は入り口が狭いため、湾内の津波高は約1・9~2・5メートルと想定している。

 水の恐怖は津波だけではない。東京は液状化しやすく、地下水位も高い。地震による液状化や潮位上昇による地下水位上昇で、市街地の地表から水が噴き出し、氾濫することもあるという。専門家は「震災直後は大丈夫だったものの翌日に地下鉄が水没するなどという事態も起こり得る」と指摘する。

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