集中連載「橋下徹とメディア」 第4回
詭弁で切り抜け、多弁で乗り切る「橋下式言論術」

記者の追及と橋下の切り返しの攻防が繰り広げられた5月29日の市長定例会見 (筆者撮影)

取材・文/ 松本創(ジャーナリスト)

【第3回】はこちらをご覧ください。

弱点を突かれるマスメディア

 5月29日、大阪市役所5階の市政記者室。この日の市長定例会見は橋下徹への追及から始まった。

 口火を切ったのは毎日新聞。橋下が朝日新聞とともに自分に対する「批判の急先鋒」と見なし、「従軍慰安婦」発言以降、朝日に対する以上に繰り返し"口撃"してきた---「意図的に誤報した」「狂ったようにキャンペーンを張っている」「過去の言説を引用してネチネチと言っている」といった報道内容への批判から、果ては「バカ」「ボケた質問をしてくる」「頭が悪いからな」のような幼児的な罵詈雑言まで---相手である。

 ちょうど同社が記者クラブの幹事社(2ヵ月ごとに持ち回り)に当たっていたこともあり、最前列の席で、最初にマイクを握った市政キャップは、橋下が冒頭で記者発表した「経済戦略局長に民間人の採用決定」「風疹予防接種への助成実施」という市政の話題を蹴散らすように無視して、こう問うた。

 「市長は昨日の退庁ぶら下がり(囲み取材)で、27日の外国人特派員協会の会見の際、日本人記者席にいたうちの記者が社会人としてあり得ない言葉を発した、とおっしゃった。しかし社内で調査をしたところ、そのような発言をした者はおらず、出席した2人の記者は質問や発言の機会もなかった。事実関係が違うとこちらは考えている。発言を訂正していただきたい」

 私も参加していた前日の囲み取材で、確かに橋下はそういう話を持ち出していた。朝日の記者とやり取りしている中で、ふと言うべきタイミングを見つけたように、唐突に。

 「僕はびっくりしたんですがね、記者の人っていうのは公人に対してなんか変なスイッチが入るんですかね。初対面の、会ったこともない相手に『おまえ、ちゃんと答えてないだろう!』『そんな話は何べんも聞いた!』とか、ふつう社会人が言いますかね。毎日新聞の記者というのは非常に横暴だなと思いました

 毎日は、橋下が「誤報」と称する報道に始まり、「(連日釈明に追われる)橋下は疲れた様子で、大阪都構想の法定協議会で居眠りをしていた」「府市大都市局の職員が、日本維新の会候補者の政治資金パーティーを案内する庁内一斉メールを送っていた」などと批判的な記事をいくつか書いていた。それを腹に据えかねていたのだろう、ツイッターで罵倒するだけに飽き足らず、直接いら立ちをぶつけたのだ。いかにも小馬鹿にしたような、見下すような表情と口ぶりだった。

 毎日の記者はそれに抗議し、「市長が直接聞いたのか」「録音を確認したが、ヤジも含めてそんな発言はなかった」「毎日の記者だという根拠は何か」と問い詰めたわけだが、橋下は「会場にいた人から聞いた。こちらは事実と認識している」と言うのみ。記者が「では、その人に取材をさせてほしい」と言うと、橋下は「教えません。あなたたちも情報源は言わないでしょう」と切り返し、さらにこんな話を持ち出して反撃した。

 「それを言うなら、毎日新聞は、僕が慰安婦の方に会って法的責任を表明するという記事を書いたじゃないですか。あれも事実誤認ですよ。紙面の見出しは『表明検討』でしたけど、ネットでは『表明へ』になってた。だいたい僕の内心をどうやって知ったんですか。囲みで直接確認すればいいのに、それもなかったじゃないですか

 橋下が24日に予定していた元従軍慰安婦との面会のタイミングに合わせ、毎日の東京本社の記者が書いた"前打ち"記事のことである。面会が流れたため、結果的に「誤報」となったのだが、新聞の見出し上、この『表明へ』は、周辺取材などから確度が高いと判断した観測記事によくある表現であり、単なる事実誤認の「誤報」とは言い難い(私自身、新聞社の整理部時代、この種の見出しを無数に付けた)。

 しかも、見出しというのは少ない文字数で記事の大意を伝えるものであり、細かなニュアンスが省かれることはままある。ネット掲載時に文字数制限などの条件が変わり、表現が変更されることも多い。橋下が最初に「誤報」と言い出した朝日のケースも、それが一因になっている。

 しかし、橋下に言わせれば「それは新聞社だけの論理。読者や報じられる側のことを考えないメディアの横暴でしょう」ということになる。これには一理あると言わざるを得ない。橋下に限らず、取材先から「記事は正確だけど、この見出しはなんだ」と抗議を受けたり、取材・執筆した記者自身が「整理部とデスクがこんな見出しを付けてしまって・・・」と言い訳をしたりすることは昔からずっとある話なのだ。だからと言って「誤報」ではないのだが、新聞(に限らず、ほとんどすべてのマスメディア)が抱える"構造的欠陥"と言えなくもない。

 新聞がマスメディアの圧倒的な権威であった時代には常識として許容されていた、報じる側のルールが疑われ始めている。「新聞の表現はこうだから」と突っぱねることが難しくなってきている。そして、ネットユーザーを中心にマスメディアへの不信や反感が年々大きくなっている。橋下の言い分が一定の説得力を持つ背景には、そういう時代とメディア状況がある。

 つまり、橋下は自分を取り巻くマスメディアのノウハウをよく理解し、その地位が相対的に低下している状況を敏感に察知した上で、弱点を突いているということだ。

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