この国の年金制度はすでに破綻している。支給開始年齢を68歳からにする小手先の改正では、結果的に若い世代を苦しめるだけだ。年金制度の廃止は目の前にある現実。それを直視するしかない。
「今の日本の年金制度は、破綻していると言わざるを得ません。
目下のところ議論されている、年金支給開始年齢を引き上げる話は、'10年の国勢調査でわかった少子高齢化の進展を受けて持ち上がりました。再来年の国勢調査までに、少子化はもっと進展しているでしょうから、再び引き上げるという話が出てくるでしょう。
このままでは、年金支給開始年齢の引き上げは、こんなふうに際限なく続いてゆきます。そうなれば、制度への不満から、年金を廃止しようという声も出てきてしまいますよ」(元大蔵省大臣官房審議官で政策研究大学院大学名誉教授の松谷明彦氏)
現在、基礎年金(国民年金、および厚生年金の定額部分)の支給開始年齢は65歳へと引き上げられているが、今年度からついに、厚生年金(報酬比例部分)の支給開始年齢も、60歳以上に上げられ始めた。
今後、3年に1歳ずつ引き上げられ、12年後の'25年には、65歳から支給されることとなる(男性の場合)。
こうした現状に追い打ちをかけるように、今月、社会保障制度改革国民会議は、支給開始年齢のさらなる「先延ばし」を模索。
国民会議の会長を務めている慶應義塾長の清家篤氏は、「(年金支給開始年齢を)67~68歳、あるいはもう少し上のほうまで引き上げていくのは、あってしかるべきではないか」と明言している。
だが、67~68歳で驚いてもいられない。事態は一般国民が考えているよりも、はるかに深刻なのだ。
「何かしらの抜本改革をしない限り、支給開始は70歳を過ぎてからに変えなければ、年金財政は破綻する」と警鐘を鳴らすのは、学習院大学教授の鈴木亘氏である。
「アベノミクス効果のおかげで、年金積立金の最新の運用結果では10兆円規模の黒字が出たらしいですが、積立金は年に約6兆円のペースで取り崩されていますから、焼け石に水。今の年金制度は、支給開始年齢をもっと引き上げなくては、もたないんです。
65歳にした後に68歳へと引き上げているようでは遅すぎます。もう、間に合いません。
年金財政を健全化するには、スケジュールを前倒しして段階的引き上げを行うと同時に、支給開始年齢を70歳にしなければなりません。'30年代に年金積立金は尽きてしまいますから、それらの措置に、今から10年以内に着手しないとダメでしょう」
実際、厚労省は、'31年に厚生年金の積立金が枯渇してしまうとの試算をまとめている('09年に公表。次頁の図Ⅰも参照のこと)。
また現在、年金積立金の運用想定利回りは、年率4・1%を保って「百年安心」だと見積もられている。しかし、四半期ごとの結果に限っても、その利回りを上回ったことは、数えるほどしかない(図Ⅱ参照)。
4・1%という想定はまさに机上の空論である。
公的年金の積立金を運用する年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)は、最近の株高を受けて、国内債券よりも、株式や海外債券の割合を増やして運用の収益率を高めようともくろんでいる。
「年4・1%の高利回りで積立金を運用し続けます、という説明など、誰が聞いても納得できない話です。加えて、運用で挽回しようにも、その元手が毎年6兆円ずつ減っていくわけですから、大して意味がありません」(前出・鈴木氏)
さらに—。支給開始がもっと先延ばしされる可能性すらあるという。前出の松谷氏が憤る。
「受給額や若い人の負担がこのまま変わらないと、いずれ支給開始年齢が大幅に引き上げられてしまう可能性があります。
しかし、役所の年金担当者たちは、最後の最後まで支給開始年齢の上限をはっきり言わないでしょう。受給者と若い世代の比率を眺めると、支給開始年齢は、80歳近くになってしまいますからね」
80歳といえば、日本人男性の平均寿命(79・59歳)とほぼ同じ。つまり、平均寿命まで生きられない人には、年金がいっさい支払われない時代がもうすぐ来るのである。
10年以内に、年金支給開始を70歳に引き上げねばならないことは先に述べた。それが20年後には、おそらく80歳になっている。まさに、絶望的な未来—。
ここで、今こそ考えてみよう。このように、支払った分の金額が戻ってくるのかさえはなはだ怪しい年金制度、どれほど歳をとっても支払われない可能性もある年金制度のために、安くはない保険料を毎月支払っているのは、とてもバカげたことに思えてこないだろうか。
保険料を払えば払うほど、損をする。それがわかっているのに、カネを支払い続けるのは、大切な財産をドブに捨てているようなものだ。そんなことをするくらいなら、そもそも年金制度はいらない。
年金制度の廃止。もはやそれは、目の前にある現実なのである。
改めて指摘しておくが、現在の年金制度は完全に"破綻"している。絶対にこの制度はもたない。
なぜこんな事態に陥ったのか。そこには、日本の特殊な事情が関わっている。少子高齢化が、他の先進国と比べて想像以上の足かせとなっているのだ。
「日本は、出産する可能性が高い25~39歳の女性が、これからの半世紀で約6割も減少してしまいます。一方、フランスでは、同年代の女性が半世紀で3%増えますし、イギリスでは1・5%ほど増えます。
日本の場合、戦後の産児制限が大きく影響してしまいました。
ヨーロッパでは、今後半世紀で未成年者が1割増えるのに、日本では逆に、5割以下に減ります。
つまり、年金をもらう人は増え続け、制度を支える人は減る一方。人口対策は、もはや手の打ちようがなく、日本の年金財政は未来永劫、悪化するばかりなんです」(前出・松谷氏)
こうした事情を知ってか知らずか、国は、支給開始年齢引き上げの理由を、年金制度の破綻とは決して言わずに、「諸外国も引き上げているから、それにならって」などと言う。
たしかに、アメリカは67歳へ、イギリスは68歳へと、支給開始年齢を段階的に引き上げる予定だ。
しかし、松谷氏が解説したように、日本と諸外国では事情が大きく異なる。
元厚生省年金局数理課長の坪野剛司氏も、国の態度を批判する。
「いくら外国の年金支給開始年齢が67~68歳に引き上げられるからといって、日本も同じように引き上げようというのはあまり説得力がありません。国によって出生率や死亡率、年齢構成比も違いますので、『世界がこうだから引き上げる』というのは、理由にならないでしょう。
年金の支給開始年齢は、老後の生活設計を立てるうえでの根幹。一方的に引き上げてしまい、『定年後も働き続けろ』だの『働いているうちにしっかり貯金しておけ』だのと言っても限界があるわけです。なので、支給開始年齢についても、なるべく早めに情報提供するのが親切というものだと思うのですが……」