奥村隆「息子と僕のアスペルガー物語」
2013年06月29日(土) 奥村 隆

奥村隆「息子と僕のアスペルガー物語」【第33回】
「飲食しながら会話すること」が絶対にできない悲劇

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【第32回】はこちらをご覧ください。

職場の飲み会に出たがらない理由

 「編集長は僕が嫌いなんですね」と言い捨てて泣きながら会議室を飛び出し、3日間も欠勤した後、S君はようやく出社してきた(前回参照)。

 彼の教育係を命じられた僕は、「俺と同じASD(自閉症スペクトラム障害)を持っているらしいこの厄介な後輩ディレクターを、どう扱っていけばいいのだろう」とあれこれ考えてみたが、有効な対策を思いつく前に、彼はまた一つ"やらかして"しまった。

 S君が入社して2ヵ月も経とうというのに、実は、僕たちの職場では彼の歓迎会をまだ行っていなかった。それはこの春、会社の制作現場が、諸々の事情で異常に忙しくなって、スタッフたちに時間的余裕がほとんどなくなってしまい、とても会合を持つなどという雰囲気にならなかったためである。しかも、S君が前述の企画会議でのトラブルを起こしたため、改めて歓迎会を開こうという雰囲気にはさらになりにくくなった。

 それでも、先輩のEさんという記者から、「このままじゃSがちょっとかわいそうだろ」という声が出た。E記者は、やはりS君がディレクターとして優れたセンスと技術の持ち主であることを見抜いていた。それで、全員がもっとS君とのコミュニケーションを密にして、彼を戦力として活用しなければならない、と思っているようだった。

 「Sがこの前、泣きながら会議室を出て行ったのも、もちろん一番悪いのは本人だけど、俺たちが十分なコミュニケーションをとってやらなかったことも一因だと思うんだよな。このままだと、あいつ、ずっと孤立しちまうかもしれないぜ。

 そうなったら、S本人もかわいそうだし、この職場にとってもいいことは何一つない。まずは、歓迎の飲み会でもやってやろうよ」

 職場の忙しさが峠を超えた時期でもあり、誰にも異存はない。僕も「本来ならそういうことは、教育係である俺が思いつかなきゃいけないことなんだよな」と少し反省した。EさんはさっそくS君のところに行って、

 「遅くなっちまったけど、お前の歓迎会をやることにしたよ。まずは主賓であるお前の予定を聞かせてくれ。再来週のどこかでというのはどうだ?」

 と尋ねた。ところがS君は嬉しがる様子もなく、むしろ驚いているようで、ポカンとした表情をしている。やがて、彼はぼそぼそとこう答えた。

 「再来週はダメです」

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