古賀茂明と日本再生を考えるメールマガジン動画版Vol.005 第2回 堀潤さんとの対談『メディアの「危機管理」とは何か』ほか
【目次】

■古賀茂明と日本再生を考えるメールマガジン Vol.058(動画版第5回)  テキスト書き起こし(2013年5月24日配信分)
 ●橋下市長の「慰安婦発言」どこがNGなのか
 ●合法か違法かというモノサシでいいのか
 ●成長戦略第2弾への失望
 ●メディアの「危機管理」とは何か
 ●先輩記者の職を賭した発言
 ●オープンジャーナリズムという挑戦
 ●進化し続けるメディア対策
 ●メディアを変えることはできるのか

メディアの「危機管理」とは何か

古賀: それではお待たせしました。今日は、NHKの記者をされていました堀潤さんにおいでいただきましたので、原発の話とか、あるいはいま堀さんの新しい活動の話も、時間の許すかぎり聞かせていただきたいというふうに思っています。よろしくお願いします。

堀潤(以下堀): よろしくお願いします。

古賀: 堀さんは、正確に言うと、いつNHKをお辞めになられたんでしたっけ?

堀: そうですね。先ほど、古賀さんは僕のことをNHKの記者というふうに紹介してくださいましたけれども、実を言うとアナウンサーなんです。ただ、古賀さんがそういう紹介をしてくださるのは、とてもうれしいんですね。僕はアナウンサーなんだけど、自分で取材に行って、自分でカメラを回して、編集もして、スタジオでプレゼンテーションもしていた。映像だけでなく、記事も書いたりしていたので、NHKの中でも比較的異色の働き方をしていたんですね。

 そういう中でいろいろハレーションが起きてきて、退職したのは1ヵ月半前ですかね。4月2日になりますね。

古賀: 辞めることになった直接の原因というのは、原発をめぐる話ですよね。もちろん、いろんなことをお考えになっていたとは思うんですが、堀さんにお聞きする前にまず自分のことを話しておきますと、2年前の3・11に福島の原発事故が起きたとき、私はまだ経産省に務めていたんです。仕事はなくて、大臣官房付ということで半分干されていたときに、あの大事故が起きた。役所の中にいると、ものすごい騒ぎになっていくんですね。パニック状態みたいなもの、混乱みたいなものがずっと続いていく。その中で、とにかく日々何かに対応していかなくてはいけないという状況にあった。

堀: 原発の現場だけでなく、役所の中もパニックだったんですね。

古賀: ええ、でも私は、対応する部署にいるわけではないので、節電の影響で薄暗くなった廊下を行き来しながら、省内のいろんな雰囲気を感じていました。一つは、菅政権がこの事故をどう捉えて、何ができるんだろうかという不安感。それがだんだん不信感に変わっていく様子。それから、経産省の中で、何かとんでもなくおかしなことが起きているんじゃないかという漠然とした空気。

 そういう雰囲気や空気を感じながら、私は4月の初めに東京電力の破綻処理と、発送電分離などを含めた電力システム改革の提言を書いて、経産省の中と国家戦略室に送ったんですよ。その段階ではまだ表には出ないんですけどね。つまり、事故からわずか1ヵ月程度の間で、何か異様におかしなことが起きてるぞということを感じながらやっていた。

 その間、本当に東京は大丈夫なのかなとか、メルトダウンはあったのかなかったのか、メディアって本当のことを言っていないんじゃないかとか思いながら、提言を書いたりしていた。私自身は、絶対に何かを隠してるなと勝手に思い込んでいたので、そういう目線でずっと見てたんですけどね。

 そういう最初の1ヵ月、2ヵ月という時期に、まさにメディアの最前線にいらっしゃった堀さんは、自分自身も関わりながら、何を見て、何を感じたのか、そのあたりを教えてもらいたいんですけど。

堀: そうですね。時系列で言うと、当時の関わり。そして落ち着いてから、NHKの中にいてわかったこと。さらに、NHKを離れてアメリカに留学中に、もう一度この報道を検証してみてわかったこと。三つぐらいのフェーズが僕の中にあるんです。