空の「規制」を打ち破る---エアアジア トニー・フェルナンデスの闘い
文/モーニング編集部
NHK取材班のインタビューに答えるトニー。スーツは人と人の間に壁を作るという理由で出来るだけ着ない。普段は写真のようなラフな格好で仕事をしているという。 (写真提供: NHK 以下全点)
7月4日(木)深夜24時放送の『島耕作のアジア立志伝』(NHK BS1)には、ローコストキャリア(LCC)の寵児、エアアジアのトニー・フェルナンデス氏が登場。今回、本欄ではNHK取材班への取材をもとに構成したトニー・フェルナンデス氏の波瀾に満ちた半生を紹介します。なお、7月4日(木)発売のモーニングには、弘兼憲史氏による漫画版『島耕作のアジア立志伝』が掲載されます。そちらもお楽しみに!

発足直後に起こった9.11の自爆テロ

Now Everyone Can Fly---。

 機体にペイントされたキャッチフレーズ通り、誰もが飛行機に乗れる時代を創り上げた男、トニー・フェルナンデス。マレーシアでエアアジアを設立し、12年の間に年間乗客数4400万人を数える航空会社に成長させた。

 「航空業界に参入したとたん、ひどい歓迎を受けた。でも、何があっても乗り越えてきた。困難は人間を強くすると信じているんだ」

 トニーが語るように、彼がエアアジアとともに歩んだ12年は苦労の連続だった。

 破綻した航空会社を買い取って航空業界に参入したのが、2001年9月8日。その3日後、ニューヨークの世界貿易センタービルに2機の旅客機が突っ込んだ。

 航空業界はこの事件によって大打撃を受けた。人々は飛行機での移動に恐怖を感じ利用者は激減。閉鎖される空港まで現れる始末だった。

 最悪のスタート---。

 パートナーが電話をしてきてこう言った。

 「こんな時にどうやって航空会社を始めるんだ!」

 トニーはこう返した。

 「なぜ軌道修正しなければならないんだ。我々はアメリカに飛行機を飛ばすわけではない。人々がブルネイやコタキナバルまで飛行機で行きたいことに変わりはないじゃないか。我々は続けるんだ」

マレーシアのエアアジア・グループ社にある、ただの打ち合わせスペースのようなトニーの社長室。徹底したコストカットは社長室にも及んでいるのだった。

 その後、航空機の利用者はさらに減少し、多くの航空会社は赤字を抱えた。航空業界に明るいニュースは一つもなかった。そして、各社のスタッフは次々と解雇された。

 だが、トニーにとっては、それこそ「人材の宝庫」だった。引き抜きの苦労もせず、多くの優秀な人材を雇うことができた。次々と路線を増設。徹底したコストカットによって実現した低価格な運賃が受けて利用者がうなぎのぼりに増えていった。

 1年後、買い取った航空会社が抱えていた11億円もの借金はゼロになっていた。

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