集中連載「橋下徹とメディア」 第2回
「囲み取材」という放談会が生んだ「従軍慰安婦」発言 【後編】

韓国、アメリカ、フランスなどの外国メディアを含め、120人超の報道陣で大混乱となった5月24日の囲み取材 (筆者撮影)

取材・文/ 松本創(ジャーナリスト)

【前編】はこちらをご覧ください。

「誤報」発言をなぜ問わないのか

 囲み取材をこの目で見てみたい、そして、橋下と在阪メディアの関係を検証する必要があると私が考えたのは、例の「従軍慰安婦」発言から1週間も経ってからだった。実を言えば、最初の発言そのものにはさほど関心を払わなかった。彼ならそういうことを言うだろうな。そう思っただけである。

 居酒屋あたりで居合わせたおやじ客に、マッチョで身勝手な下卑た話を聞かされたような不快感は少なからずあったが、過去の発言や振る舞いを見れば、彼の人間観や女性観、人権感覚とは「そういうもの」であろうことは想像できる。発言内容の是非はともかく、「異論や批判を恐れず"本音"を率直に語る」物言いやキャラクターが彼の身上であり、それゆえ一部の人びとに熱狂的に支持されてきたことも知っている。

 それに5月13日の発言全文を詳細に読み、会見の動画を見てみると、文章構造上の解釈や含意の受け取り方はさまざまあるとしても、巧妙に表現を選んでいるように見えた。問題の発言箇所は、記者の一つの質問に対し、10分以上もかけて持論を述べ立てる中にあった。

 「認めるところは認めて、やっぱり違うというところは違う。世界の当時の状況はどうだったのかってこと、やっぱりこれは近現代史をもうちょっと勉強して、慰安婦っていうことをバーンと聞くとね、とんでもない悪いことをやってたっていうふうに思うかもしれないけども、当時の歴史をちょっと調べてみたらね、日本国軍だけじゃなくて、いろんな軍で慰安婦制度っていうものを活用してたわけなんです。

 そりゃそうですよ。あれだけ銃弾が雨嵐のごとく飛び交う中で命かけてそこを走っていく時にね、そりゃあそんな猛者集団と言いますか、精神的にも高ぶってるような集団をやっぱりどこかでね・・・その、あのー・・・まあ休息じゃないけれども、そういうことをさせてあげようと思ったら、慰安婦制度っていうのは必要なのは、これは誰だってわかるわけです」

 何かのスイッチが入ったように滔々と淀みなく言葉を繰り出しながら、また、ふつうの政治家なら慎重に構える話題を挑発的に語っていながら、言葉尻をとらえられたら、どうとでも反論や言い逃れができるような表現だと思った。かつて『最後に思わずYESと言わせる最強の交渉術』なる指南書を出版し、「詭弁も、言い訳も、うそもあり」と堂々と説いてみせたほど、弁舌に絶対の自信を持つ橋下らしいと言えば、橋下らしい。

 挑発的な言動で注目を集め、批判されれば天才的(いや、悪魔的というべきか)な論争術を駆使して反駁する---という手法。この時も、当初は"独演会"の成功に彼自身満足していたのかもしれない。

 「従軍慰安婦」発言がまず当日の各紙夕刊で報じられ、さらに「風俗活用」発言も合わせた続報が載った5月14日の朝刊段階において、橋下はツイッター上で新聞報道をこう評していた。

批判の急先鋒に立つ朝日新聞も、僕の発現(※原文ママ)を比較的正確に引用してくれていた
毎日新聞も僕に対する批判の急先鋒だが、かなりフェアに発言要旨を出している
これから選挙も近づいてくるので、色々煽ってくるでしょうが、それでもこの毎日の一問一答がある意味全て

 ちなみに、新聞各社のニュース判断は初報段階から温度差があった。橋下が「批判の急先鋒」と見なす朝日と毎日は揃って一面や社会面で大きく扱った。大阪本社最終版の見出しと扱いは、それぞれこうだ。

【朝日】
13日夕刊1面 = 橋下氏「慰安婦必要だった」/「侵略、反省・おわびを」
14日朝刊第一社会面 =「慰安婦は必要」波紋/橋下氏発言/市民団体「声聞いて」 研究者ら「国益上危険」

【毎日】
13日夕刊1面 = 橋下氏「慰安婦必要」/第二次大戦中 軍隊休息の制度
14日朝刊第一社会面 =「女性への冒とく」/市民団体憤りの声/歴史認識疑問視も

 両紙とも発言を報じた本記と、市民や関係者の反応をまとめた雑感に加えて、社会面に発言要旨や一問一答、研究者らの談話を載せ、3面などで中央政界への影響や反応を展開している

 これに対し、読売と産経の初報はいずれも夕刊2面という地味な面で、「いちおう入れておいた」という程度の小さな扱い。読売の14日朝刊は「慰安婦拉致への日本政府の関わりを橋下氏が強く否定した」という内容がメインで、「風俗活用」発言には文中で短く触れるのみだった。

 しかしいずれにせよ、橋下は最初のうち、発言の報じられ方に満足していた。テレビのコメンテーターに向けては「全文を読め」「小金稼ぎのコメント」などと不満を露わにしていたが、少なくとも新聞報道に対しては「よく書けている」と言わんばかりだった。言い分が180度変わったのは15日昼前に投稿したツイッターからである。

〈朝日新聞が批判の急先鋒に立つのは分かるが、今回の報道はフェアじゃない。僕はフェアかアンフェアかを重んじる。朝日新聞は見出しで、僕が「現在も」慰安婦が必要だと言っているような書き方をしている。これは汚い。僕は「当時」は世界各国必要としていたのだろうと言ったのだ〉

 事後の説明によれば、朝日の14日朝刊社会面およびネット掲載時の見出しを指しているのだという。その当否はともかく、橋下はここからはっきりとメディア攻撃に転じた。「反発を招いた責任は自分の発言にはなく、メディアの報じ方にある」と主張し始めたわけだ。

 17日退庁時の囲み取材では、朝日の記者が言葉遣いの不用意さを指摘したことに激昂し、「じゃあ囲み全部やめましょうか」「一言一句全部チェックしろと言うんだったらやめます」と打ち切りを宣言。去り際に「今回は大誤報をやられたんでね」と言い放った。

 ところが、土・日曜を挟んだ週明け20日の退庁時、橋下はまたこの場に現れた。そして、記者たちは「誤報」と断じた理由を質すことも、抗議することも、謝罪や撤回を求めることもなく、いつものように彼を囲み、彼の主張に粛然と耳を傾け続けたのである。冒頭で橋下が語った囲み取材再開(実は一度も中止になっていないのだが)の理由はこうだ。

 「このまま市長を辞めるまで囲みを受けないわけにはいかない。どこかで再開する時に、期間が開いてしまうと、自分のメンツを気にしていろんな理由を付けないといけない。そういう状況になるぐらいだったら、早く再開してしまったほうがいい

 意味がわかるだろうか。正直、私にはよく意味がつかめない。いや、日本語として理解はできるが、理由にも何にもなっていない。その日の夜遅くネットでこのニュースを見た私は驚いた。記者たちはこれで納得したのだろうか。いや、それ以前に彼らはなぜ橋下の「大誤報」発言に反論しないのか。

 メディアの根幹である報道の信頼性を毀損する問題である。どこがどう誤報か、説明を求めないのか。当初「正確」「フェア」だと言っていたのが豹変した理由を尋ねないのか。何より、記者たちはなぜ再びいそいそと囲み取材に集まるのだろうか。こんな放言を不問に付したまま。

この続きは、プレミアム会員になるとご覧いただけます。
現代ビジネスプレミアム会員になれば、
過去の記事がすべて読み放題!
無料1ヶ月お試しキャンペーン実施中
すでに会員の方はこちら