読書人の雑誌『本』
『漢方医学』著:渡辺賢治
古くて新しい漢方医学の魅力

 漢方医学、一度は明治政府が古臭いとして棄て去った医学であるが、近年再び脚光を浴びている。何故であろうか? われわれは科学の進歩とともに人類が幸せになると信じてこの一〇〇年余り過ごしてきた。しかし、実際にはどうであろうか。この一〇〇年、人類は物質的な豊かさは手に入れたかもしれない。ともすれば、物質的に豊かになることで、人間として進化したような錯覚にさえ陥るかもしれない。

 一九九一年にイタリア・オーストリアの国境付近のアルプスの氷河から凍りづけになったミイラが発見された。これが五三〇〇年前の人体(アイスマン)だった。五三〇〇年前の人間はさぞかし原始的であろうと思われるかもしれないが、さにあらず、である。すでに着衣も道具も今でも使えそうなものを揃えていた。

 死因も他殺であることが分かっており、嫉妬、闘争など現代人が有するものを当時の人たちも持っていたことが判明している。中でもわれわれ漢方を専門とする者を驚かせたのは、アイスマンには刺青があって、それが正確に鍼灸のツボの位置を示していたことだ。われわれは鍼灸が中国発祥のものと信じてきたが、その事実が大きく揺らぐような大発見であった。

 中国で発祥した治療法がヨーロッパに伝播した可能性もあるが、ひょっとしたらヨーロッパに起源をもつ鍼灸が東アジアに伝わっていったのかもしれない。記録がないので謎である。

 似たような例がある。サソリ毒とトリカブト毒がお互いに打ち消しあうということが一世紀の西洋で著されたプリニウスの『博物誌』とディオスコリデスの『ギリシャ本草』に記載されている。

 サソリ毒とトリカブト毒、この二つは言うまでもなく猛毒である。サソリ毒は説明するまでもないだろう。トリカブトは日本でも山野に普通に生えている植物の根であるが、クマを殺すために矢じりの先に塗られていたほどの猛毒である。

 しかしながら、この二つを混ぜると毒性が減弱するのである。まさに「毒をもって毒を制する」である。中国で紀元前二三九年に成立したとされる『呂氏春秋(りよしゆんじゆう)』にも「萬菫不殺(まんきんふさつ)」という言葉が出てきて、大塚恭男が「萬」がサソリを、「菫」がトリカブトを意味することを読み解いている(『東西生薬考』創元社)。

 東洋でもこの二つの猛毒がお互いに打ち消し合うことを知っていたことになる。この事実をどう解釈すべきであろう。洋の東西で偶然同じ発見がされたと考えるよりも、少なくとも二〇〇〇年前には西洋東洋の交流はすでに盛んにあったと考える方が自然であろう。

 
◆ 内容紹介
中国にもない日本独自の医学=漢方。近代西洋医学とも融合しながら世界でもユニークな治療実績を重ねつつあるその世界を、「虚・実」「気・血・水」など東洋思想に基づいた世界観から実際の治療の現場にいたるまで、第一人者が解説する。